多様な判断

 コロナウイルスの感染が世界的に広がり、それが今でも続いている。昨年と大きく違うのはワクチンの接種である。オリ・パラが近づく中、変わらないのは初期の段階からのJohns Hopkins Univ.のCOVID-19 Mapであり、それは休むことなく世界の感染の統計データを伝え続けている。

 今はビッグデータの時代であり、世界各国の感染状況、医療状況がデータとしてあらゆる地域で蓄積され、それらを多種多様に解析することができるようになっている。コロナウイルスとその感染に関するデータの解析は今後の世界を左右していくことになるだろう。

 そのようなことを夢想すると、日本のオリ・パラ開催に対する対応と欧米のイベント開催への対応が随分と違うことに改めて気づかされる。欧米(そして、中南米)と日本(そして、オーストラリア、台湾、韓国)の対応は確かに大きく異なる。その違いの幅は単なる統計処理の違いを遥かに超えている。それはコロナ感染症への対応の地域差を直接的に反映したものであり、日本の対応が日本独特の状況を反映したものであることを示しているように思われる。

 ところで、科学的で、客観的なコロナ感染症への一般的対応というものがあるのだろうか。標準的な対応マニュアルがあるなら、日本の対応は果たして適切なのか。このような問題を考えるには、それぞれの国の感染状況と感染対策、特に医療状況を比較しながら、医療政策の内容を丁寧に比較する必要があるだろう。

 それを強く感じるのは、イギリスのビッグイベントへの実験と称されるもので、サッカーの欧州選手権の決勝戦には6万人以上の観客が入り、テニスのウィンブルドンの準決勝と決勝は15,000人が入った。パブリック・ビューイングでも多くの人たちがスポーツの感動を味わったと報道された。一方の日本ではほぼすべての会場が無観客のオリンピック開催と決まり、ワクチン接種の差が表れたと報じられている。

 幾つかの実証実験のためか、7月7日のイギリスの感染者数は32,548人、死亡者は33人。それでも19日から規制を撤廃するとジョンソン首相は言う。イギリス人は賭けが好きだが、彼もまた賭けが好きなのだと日本人は思ってしまうのではないか。だが、慎重な韓国では感染者数が1,000人を超えたため、夜間の外出が制限されることになった。この落差は何なのか。日本であればイギリスの数字はびっくり仰天の数字で、緊急事態宣言の強化さえ叫ばれることだろう。感染状況への対応はこの例だけでも明白で、判断はローカルそのもので、医療体制の評価も国ごとに異なっている。日本の標準は欧米の標準ではなく、まして世界の標準とも異なる。

 感染症学と統計データはそれぞれの国の医療状況と政治状況に組み込まれて利用されるが、それぞれの国が独自の判断で利用しているのがこれまでの感染状況で、科学がそれを正そうとしながらも、科学の知見や情報を国の状況に合わせて正しく使うことがとても難しいことを私たちはまだ学んでいるのであり、今でも正解を正確に知らないのである。