今後の対策へ

 日本のこれまでのコロナ対策の要はクラスター潰し。なぜクラスターへの重点対策が有効と考えられたのか。このウイルスの基本再生産数R0の分散が非常に大きいことから、集団内に均質に広がるのではなく,クラスターを作りながら広がり,クラスター内にはR0が非常に高い状況が生まれ、それ以外では1未満であることから、クラスターを検知して集中的に潰すことによって、Rを1未満にできれば,全体として終息に向かう。この予測に基づいて諸対策を実行してきた(クラスター対策班の仕組みの説明は厚労省のホームページ参照)。これは極めて日本的な対策だった。

 国民への要請としての手洗い、三つの密を避けることはとても実践的で、日本の文化に根づいたものである。これに対して、欧米、特に英国で最近よく登場しているのがSocial Distancing。これは日本の情緒的なしつけなどと違って、概念的な響きがある。だが、「社会的距離」と訳したのではなかなか真意は伝わらない。distance(動詞、離れる)ではなく、distancingなのである。それは「社会の中で相手との距離をとって振る舞うこと」であり、概念的ではあるが、人の行為の一つの型なのである。「見える化する、自然化する」とよく似ている。

 病床が足りない、軽症者をどうするか、医療崩壊が大変、といったことは議論する問題ではなく、政治のトップが決断して実行すれば済むことである。厚労大臣が決め、それを実行すればよいだけのことである。それに多くの時間を割くのは正に時間の無駄遣い。それより大切なことはクラスター対策班の今後である。オーバーシュートが起こると、個々のクラスター対策など意味をもたなくなる。クラスター対策以外に対策らしきものが何もなかった日本とすれば、新しいフェーズに対して、新たな対策が必要となる。だが、今のところはそれは聞こえてこない。

 専門者会議はクラスター対策後の新たな対策を出し、それを国民に説明しなければならない(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の会見文書 「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020 年4月1日)は厚労省のホームページで読むことができる)。政治家は公正な説明など決してしない。その上、政治家は疫学に関して素人である。それゆえ、政治家の言うことは信頼できない。だから、私たちは政治家でもジャーナリストでもなく、専門家会議の直接的な説明と対策を切に聞きたいのである。当然ながら、緊急事態宣言で最も重要なことは経済的な事柄ではなく、医療なのである。

 私たちが今知っておくべきことは、オーバーシュートが起きた時の日本政府の対策。例えば、イギリス政府と結びついた何ともスケールの大きなインペリグループの論文Patrick GT Walker, Charles Whittaker, Oliver Watson et al. The Global Impact of COVID-19 and Strategies for Mitigation and Suppression. Imperial College London (2020)を垣間見てみよう。

https://www.imperial.ac.uk/mrc-global-infectious-disease-analysis/covid-19/

 年齢別の接触パターンとCOVID-19の重症度に関するデータを組み合わせて、202カ国におけるパンデミックの健康影響を予測している。介入や自発的に社会距離をとらない場合と、感染を「緩和」または「抑制」する政策が行われる場合を比較している。

 私たちの介入がない場合、COVID-19は世界全体で70億人の感染と4,000万人の死亡をもたらすと推定される。高齢者を保護し(社会的接触を60%減少)、感染を遅らせるが、中断させない(より広い人口の社会的接触を40%減少)緩和戦略をとると、2,000万人の命を救うことができる。このシナリオでも、どの国の医療システムもすぐに崩壊する。したがって、現在多くの国で採用されている感染を抑制するための公衆衛生対策(検査や症例の隔離、より広範な社会距離を保つための対策など)を迅速に導入することによってのみ、医療需要を管理可能なレベルに抑えることができる。感染抑制戦略が早期に実施され(人口10万人あたりの死亡数が週0.2人)、それが持続されれば、3,870万人の命を救うことができるが、死亡者数が多くなってから(人口10万人あたりの死亡数が週1.6人)開始されても、3,070万人の命を救うことができる。感染を抑制する戦略の実施が遅れると、結果が悪化し、救われる命が減る。(同じことだが、介入しないと70億人が感染し4000万人が死亡するが、0.2/10万人週という早期に抑え込み戦略を導入すると4.7億人が感染し186万人が死亡、1.6/10万人週になってから導入すると24億人が感染し1000万人が死亡。)

 このような内容が政府の対策に使われる。いかにもイギリス的で、それがアメリカにも通じる。平気でどれだけ死者が出るか語るのである。それに比べると、日本の事情は随分と異なる。日本人がどれだけ死亡するかなどの直接的な主張があっても、日本人は政治家が考えるほどやわではなく、決して動じないだろう。専門家会議は直截に日本人に訴えてほしいし、自信がなければ、タレントを使って訴えてもよいだろう。分析だけでなく、大胆な提言を!、である。

*現在の日本は緩和策をとり、社会距離を自粛要請によってとろうとしているが、ヨーロッパや北米は抑制策をとり、社会距離違反は罰せられる。