コロナの謎、日本の謎(1):メモ

 日本のコロナ対策は欧米には謎に見えるようだが、肝心の私たち日本人にも謎そのもの。流行小休止の今、その謎解きを試みてみたい。まずは何が問題かのメモ。

 スウェーデン公衆衛生局は首都ストックホルムの住民に抗体検査を行い、抗体保有率が7.3%だったと公表。緩やかな対策を取るスウェーデンだが、「集団免疫」の獲得には程遠い状況が浮き彫りになった。この数値は他国とほぼ同水準で、集団免疫の形成に必要な70%に遥かに及ばない。スウェーデンの疫学責任者アンデシュ・テグネルは今回の値について、「想定より1-2%低い」と述べた。調査は公衆衛生局が行ったもので、集団免疫獲得の可能性を判断する基準とするため、1週間に1118件の検査を実施。週7日、計8週間にわたり同数の検査を行う。スウェーデンの集団免疫形成戦略には研究者から批判が出ていた。

 ブラジルの感染者数は、米国に次いで世界で2番目。ブラジルでの直近24時間の死者数は1001人で、累計では2万1千人となり、世界で6番目。貧困層の多い北部でも感染が拡大しており、一部の自治体では都市封鎖が行われている。だが、「ちょっとした風邪」と軽視するボルソナーロ大統領は、経済活動の再開を求めており、国全体での統一した対策が取れていない。

 これら二例だけでなく、欧米の各国ではロックダウンの解除が続き、経済再生の動きが出始めている。また、加藤厚労相が、献血血液で新型コロナウイルスの抗体を調べたところ、陽性率は東京都の500検体で0.6%、東北6県の500検体では0.4%だったと明らかにした。来月からの大規模抗体調査を実施されるが、抗体の中には少なくとも3種類のもの、善玉抗体と悪玉抗体と役なし抗体がある。だから、単に抗体の量だけを見ても、本当にどの程度、正しい免疫ができたのか、よく分からない。善玉抗体だけ測るという方法があり、それが中和抗体測定法。これは、試験管の中で培養細胞にウイルスをかける時にそこに抗体を共存させたならば、どのぐらい感染が抑制されるか、ウイルスの感染度を中和する能力を調べる検査。

 あれほどPCR検査を実施しているドイツで陽性率は6%程度。このことを考えると、おそらく東京でも感染者は100人に数人かそれ以下。 フランスで調べたら4.4%しか感染していなかった、最も感染が広がっていたパリでも9~10%だったというのがパスツール研究所の報告。スペインでも5%。やはりこのウイルスは集団免疫をつくりにくいらしい。このウイルスは免疫を起こす力が非常に弱く、起こっても遅い。

 最近のコロナ禍では実効再生産数R(=(1-e)R0)が注目され、R0とRでは人のかかわり方が随分と異なる。基本再生産数R0は対象としての人のもつ値で、ヨーロッパの第一波での値は2.5。私たちが自粛によってその値を下げて、流行を押さえ込むには1以下にする必要があり、(1-e)R0<1から、0.6<eで、それゆえ、eが0.6より大きな0.8なら確実であるから、8割自粛。このRの値は行為主体としての人のもつ値で、私たちが変えることのできる値。

 ウイルスに対するからだの防御は自然免疫と獲得免疫の2段構えで、自然免疫が強かったら、獲得免疫が働かなくてもウイルスを撃退できる。集団免疫は「特定の集団の何割が免疫を得たら感染流行が収まるか」を計算するもので、もし免疫がなかったら何割死亡するかを示すものではない。新型コロナでは基本再生産数Roが2.5だとすると、集団免疫閾値は(1-1/2.5)×100 = 60%となり、6割の人が免疫を保持することが流行を止めるために必要であるとされている。この場合、一般的には「免疫」とは抗体ができることを指していて、「獲得免疫」というのが暗黙の了解。だが、個体レベルではウイルスに対する防御は2段構えで、自然免疫と獲得免疫がウイルス排除に関与する。集団免疫について語る際には、獲得免疫のことだけではなくて、個人レベルで働く自然免疫と獲得免疫の両方を考慮に入れる必要がある。上述のように「6割の人が免疫を保持することが流行を止めるために必要である」と信じられているが、実際にそうなっていない。武漢市でもクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でも感染した人は全体の2割程度。集団の6割も感染をするようなことは観察されていない。その理由は大きな流行が始まると、人は隔離措置をとり、接触制限をするようになるからで、それとともに上記の再生産数が小さくなる。接触制限によってR値が1.2まで下がると、上記の公式で集団免疫閾値は20%以下となる。

*ここまでの話で、「6割の自粛」と「6割の免疫」が同じ数式で扱われている点に注意してほしい。いずれもウイルスを防ぐ手段であり、自粛と(ワクチンも含めた)集団免疫はウイルスにとっては同じ敵。特に、日本の自粛は持続しない擬似集団免疫なのである。

 実効再生産数は、実際に1人の感染者が生み出している2次感染者の平均値。最近、世界の研究者内で共有され始めているのが基本再生産数に関わるもの。スウェーデンの新型コロナ対策に登場した「集団免疫」は、集団人口の何%が感染すれば、流行は自然と収まるのかという話だが、その比率は基本再生産数の逆数に対応して上下する。

 

再生産数  1.1  1.5  1.7  2  2.5  3  3.5

集団免疫率 9% 33% 41% 50% 60% 67% 71%

 

 基本再生産数2.5の想定では、人口の60%が感染すると、新規感染者数は自然に減少に転じると、これまでの数理モデルでは計算されてきた。これについて、60%は大き過ぎることが科学的な裏付けをもって説明され始めている。

 集団免疫の効果によって自然に流行が終わった際の最終的な累積感染者数より理論的な計算値の方が過大になりがちだった。2月に起きたダイヤモンド・プリンセス号内での感染拡大では約3000人の乗船者に対してその約17%が感染し、スウェーデンの場合も然りで、60%には遠く及ばない。

 では、なぜこれまでの計算結果と異なるのか。その理由は、多様性というものに関係する。現実世界では、私たちは皆違っていて、同じようには振る舞わない。60%という集団免疫に必要な値は、すべての人が同じように振る舞うという仮定を置いて計算されていた。これに対して、多様である要素を導入した集団免疫度の計算手法が欧州を中心に本格化してきた。多様性の要素としては、年齢構造、家庭やコミュニティーなどの社会構造、クラスター(感染者集団)のような感染の起きやすい場所とそうでない場所、などが挙げられる。

 多様性を考慮すると、集団免疫率が一般的な数値より低くなることが最近示された。すると、1人当たりが生み出す2次感染者のばらつきが大きい場合は、基本再生産数2.5では、集団免疫率は60%でなく、20~40%くらいで済むことになる。また、年齢別の多様性を考慮した場合もほぼ同じにある。

 大規模な流行を制御しつつある段階が今の日本だが、抗体検査などの結果を踏まえると、おそらく全人口の1%程度のみが感染し免疫を持っている状態。つまり、国民の99%以上はまだ感受性を持ち、感染する可能性がある。だが、免疫率の推定値が下がったということは、どこかの国が戦略を大きく変える可能性があることを意味する。例えば、感染拡大の制御がうまくいっておらず、死者が多数出ていて、一方で経済の再開の要望が強い国、例えばブラジルでは可能な戦略である。アメリカでもいずれ集団免疫を自然に獲得する方向に舵を切る可能性がある。仮にアメリカが感染拡大の制御を諦めれば、経済を回すために他国にも迫るのではないか。もしそうなれば、日本国内で感染拡大を制御できていても、海外との人や物の移動が再スタートとなり、感染再拡大に火がつくだろう。感受性人口がまだまだ膨大な日本と、感染者をたくさん持つ国が1週間に何便ものフライトでつながってしまう。集団免疫率が従来の想定の半分強で済むことによって、他国の戦略が変わり、日本独自の対策だけでは話が済まなくなってくる。

 日本の集団感染率や死亡者数の少なさは対策が成功した指標であると同時に、他国よりより感染しやすい状況にあることの指標でもある。

ハナミズキが咲き終わり、ヤマボウシが咲き誇る

 公園や歩道に最近増えたのがハナミズキ。私はあまり好きになれず、敬遠気味。それに対してヤマボウシ(山法師)はなぜか見ていて落ち着くのである。ヤマボウシはミズキ科ミズキ属ヤマボウシ亜属の落葉高木で、日本から中国・朝鮮半島に分布する。日本では沖縄・九州・本州の山地に自生し、5~10mの高さに生長。白い花びらに見える総苞片(そうほうへん)を坊主頭と頭巾に見立てて「山法師」と名付けられた。総苞片の美しさや育てやすさから街路樹や庭園樹として人気が高く、江戸時代には既に海外で観賞用樹木として栽培されていた。

 ヤマボウシハナミズキは混同される場合が多いが、日本原産のヤマボウシに対して、ハナミズキアメリカからの外来種。目立つ違いは、ヤマボウシの総苞片は先端が尖っているのに対して、ハナミズキの総苞片は丸みがあり、先端が窪んでいる。

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「無知の知」と「知の知」

 既に何回も「無知の知」や「知の知」についてくどくど考えてきた。それは私だけでなく、多くの人が試みてきたことでもある。それらをまとめて、私の心の内だけでもスッキリさせたい。


(1)知っていることを知る(知の知)
(2)知っていないことを知る(無知の知

 「何」を知っているか、とソクラテスに問われれば、その答えは、人の名前、計算の仕方、離婚の理由といった諸々のもの。その諸々のものは直ぐわかるものから、暫し考えてからでないと答えられないもの、辞書で確認しなければならないものまで実に様々。様々に知っている状態が異なっていて、一筋縄ではいかないのが知の実態。だから、「知っていること」を知る仕方も多様で、差異がある。これを気障に「知の差異性」と呼んでもいいのではないか。

 「何」を知っていないか、と問われれば、知っていないのだから、何を知らないかは答えようがないと(「知る」を行為と解して)答えるのではないか。そうでなければ、知っていないことを比喩的に表現して、間接的に答えることになるだろう。これらの答えはソクラテスの「無知の知」とは異なる。ソクラテスの場合は次の(2)’のようになっている。


(2)’知っていないということを知る(ソクラテス的な無知の知

(2)は「I know what I don't know.」、あるいは「I know what I didn't know.」のことだと考える人が多いが、ソクラテスの場合は「I know that I don't know anything.」、あるいは「I know that I know nothing. 」、「I know one thing: that I know nothing.」である。ソクラテスの場合、何を知らないかの「何」は問題にならない。そのため、無知の確認には差異はない。つまり、「無知の同一性」が成り立つ。
 「知る」が行為であるのと違って、「知らない」は行為ではなく、(心的な)状態である。これは、「歩く」は典型的な行為だが、「歩かない」は文字通り動作の否定であり、行為ではないのと同じことである。


(3)知っていることを知らない
(4)知っていないことを知らない

いずれも矛盾した、無意味な文だと直感するかも知れないが、矛盾でも無意味でもない。実際、(1)と(2)の「知る」は認識するという行為を表現しているが、(3)と(4)の「知らない」は行為ではなく、心的状態を表現している。ついでながら、「知っている」、「知っていない」はいずれも心的状態に言及している。「知らない」は行為ではなく、一つの心的状態であり、(3)も(4)も高次の意識状態の表現として可能である。

(5)知ることを知らない
(6)知らないことを知らない
 

これらの文もやはり矛盾でも無意味でもない。ソクラテス無知の知は心的な状態を知ること、わかることである。それと同じ仕方で知の知を理解すれば、知っている状態を知ることであり、それは少々退屈なことで、面白みがない。知っている状態を知ることと、知る行為を知ることは違っている。後者は知ることを自覚的に行うことに過ぎず、高次の意識ではない。
 肝心な点は、何を知っているかの「何」に応じて、「知っていることを知る」が変わることである。再度確認してみないと知ると言えないものがたくさんある。「知っている」と言っても尋ねられるたびに実行しないとわからないものも多い。「知っている状態」は様々で、一言でまとめることができないのである。ところが、知っていないことは再度知るなどということはできないし、知っていないということを知ることは知っていないことの内容の再確認は不必要。それゆえ、いずれにしろソクラテス無知の知は「知の知」とは根本的に異なるのであり、真に厄介なのは「知の知」なのである。「知の知」の解明こそが賢者の石を手に入れる鍵を握っているのである。
 そして、ソクラテスが知っていない心的状態を知るというのとは違って、「知っていない状態」を高次の意識として知るのではなく、「知っていない内容」を知るのが知ることのまともで当たり前の役目だということを肝に銘じるべきなのである。
 これでスッキリしたかと言えば、一層混乱しただけかもしれない…

二つの「知る」こと:教育の本質と限界

 学校教育だけでなく、そもそも教育という名のもとに教えられ、学び、そして知るものはいずれも徹底して過去のもの。それらは過去に別人が見出し、知ったもの。既に知られ、確認されたものが教えられ、伝えられてきました。教師が教えるものは昔の人たちが獲得した知識や技。当たり前のことですが、これから知られる筈のもの、発見される筈のものはまだ知られていないもの、未知のものであるゆえに教えることはできません。
 自分で考え、知るということは、未来の未知のものを自前で知ることです。世間はそれを知的探求と呼ぶのですが、当然ながらその結果は教えることができません。未知のものを教育することは文字通りにナンセンスで、自ら苦労して手に入れるしかありません。
 小学校で最初に習うものときたら、ほぼすべてが遥か大昔のもの。算数、理科などはギリシャ時代の知識。国語も社会も現代のものなど僅かに過ぎません。この状況は中学校になってもたいして変わらず、子供たちは遥か昔に知ったこと、大袈裟に言えば過去の記憶をもう一度記憶するために学校に通い、学習する訳です。そのため、習う方だけでなく教える方も随分と退屈で、小中学校の教員が教える教材の内容を理解することに苦しむことはまずなく、どのように工夫して教えるかに教員の関心が集中するのです。
 高校も大学の一般教養もやはり古い内容の教育という点では同じで、教育が昔の知識の受け売り、解説であることは小中学校と何ら変わりはありません。この保守的な教育内容は「教える、学ぶ」ということの実は本質そのものなのです。そこに創造的なものを見出すことが教育の課題になっていますが、課外活動で調査や観測をベースに新しいものを知る、見つけることは稀なことです。子供の創造的な能力を見出し、その能力を発揮させることが教育によって可能なのであれば、そのマニュアルを是非見たいものですが、そんなものは未だどこにもありません。
 有名な学習塾や予備校が東大進学率随一と誇ったところで、そこで何が教育されているかと言えば、試験でよい点数を取るための学習。それは創造的な能力とは別のもので、教育とはその別の能力、つまり模倣する能力の利用に向いているのです。本来教育とは未知の知識を手に入れる技であり、善を実践する技なのですが、それは学習塾や予備校では教えないものなのです。
 さて、肝心の話。「知る」ことには自分で初めて知ることと、誰かから習って知ることの二つがあり、人が得意とするのは習って知ること。ですから、大抵の人は知ったかぶりが上手く、知は力なり、知は金なりと考えていることに何の不思議もありません。ところが、人が大変苦手とするのが「自ら初めて知る」こと。未知のものをどうやって知るかは好奇心をそそる課題なのですが、そこにマニュアルはなく、真に頭を使うしかありません。天才は「初めて知る」ゆえに天才なのです。
 「初めて知る」ことは残念ながら教育の限界辺りに漂う主題。研究者はよく自分に教育はできないと謙遜しますが、それはこの辺のことを知っている人の発言です。社会に有用な人材を供給するという教育が「実学」と呼ばれてきたのですが、果たしてそれだけを福澤諭吉が望んでいたかと言えば、そんなバカなことはないだろうと考えるのは私だけではない筈です(福澤の「実学」とは「実証科学、経験科学」のこと)。
 ここで妥協策を一つ述べておきます。子供たちが「初めて知る」体験は学校でもできるのです。でも、その際の「初めて知る」という体験のほとんどは擬似体験。本当に初めてかどうかは本人には不明でも、本人には本当に初めての体験。理科室の実験で知ることは本人には初めてでも、それは既に既成の事実であり、「初めて」というのは擬似的なものに過ぎません。教育とはそのような擬似体験の集まりなので、何ら驚くに値しません。でも、「擬似、模倣、真似ること」が教育の本質だと言われると腹が立つのが普通のリアクション。腹は立ってもそれが教育の本質と限界。

視覚と味覚の両刀使い

 ツツジ科スノキ属のブルーベリーは北アメリカ原産の果樹の総称。日本には1951年に入ってきた。営利栽培が始まったのが1968年。アメリカではブルーベリーは食生活に欠かせない存在で、ブルーベリーパイはアメリカ人の大好物。どこの家庭でも普通に作るパイで、いわば「おふくろの味」。

 ジューンベリーの別名はアメリカザイフリボクバラ科ザイフリボク属のジューンベリーの原産地は北アメリカ。果樹だが、庭木としても人気がある。春に咲く小さな花と、細めの枝に少しまばらな感じで、バラの小葉によく似た葉をつけます。花も実も紅葉も楽しめる。初夏につける実は赤から黒紫に変化。甘くクセのない果実は生で食べるだけでなく、パイやジャムの材料としても利用される。

 眼で花や葉を楽しみ、パイやジャムとして味を楽しみ、感覚としっかり結びついているのがブルーベリーとジューンベリーで、そのためか、最近は公園でも目立つ存在になっている。

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ブルーベリー

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ブルーベリー

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ジューンベリー

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ジューンベリー

 

感覚的に気づけば、美を享受できる

 人は視覚的な動物だと言われてきたが、視覚を巧みに利用した一つが園芸植物。特に、花は視覚に訴える格好の部分で、それを上手に援用したのが私たち。以前にキキョウソウやヒメキキョウソウが美しいことを述べたが、彼女たちの美しさは慎ましく、私たちが見出さなければならない。眼に飛び込んできてくれないのが彼女たちで、私たちが探さなければならない。だから、すぐ足元にキキョウソウ(画像)が咲き乱れているのに気づかなければ、彼女たちは存在しないのである。気づけば、思わず見惚れてしまい、その時には野生も園芸も区別はなくなり、美の感覚的な享受となるのである。

 野原では今ニワゼキショウが花盛り。様々なニワゼキショウの競演が見られる。ニワゼキショウとオオニワゼキショウの交雑種がシロバナニワゼキショウニワゼキショウのシロバナ種がシラユキニワゼキショウ(白雪庭石菖)、そして、キバナニワゼキショウのシロバナ種がセッカニワゼキショウ(雪花庭石菖)で、各種各様でややこしいのだが、画像はそのセッカニワゼキショウ。和名は花が白いため雪花とつけられ、小さいためコニワゼキショウとも呼ばれる。北アメリカ原産とされているが、詳しいことは不明。

 キキョウソウもセッカニワゼキショウも小さく、目立たないため、私たちの日常世界にはほとんど登場せず、視覚を刺激しないのだが、視覚をもっぱら刺激して、私たちを意識させる花たちと見比べてみよう。すると、二つをしっかり見比べるなら、存外太刀打ちできて、私たちの感覚だけでは優劣つけ難しとなる場合がほとんどなのである。

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キキョウソウ

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キキョウソウ

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セッカニワゼキショウ

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セッカニワゼキショウ

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セッカニワゼキショウ

 

『エレホーン』、そして『河童』

 「ニワトリが先か卵が先か」というお決まりの難問を考えるつもりが、外出自粛のためか、すっかり脱線してバトラーの『エレーホン』と芥川の『河童』にふらふら踏み込んでしまいました。この問に対する解答「A hen is only an egg's way of making another egg(鶏とは卵が別の卵を産むための手段に過ぎない).」はバトラーの有名な一句(Samuel Butler、Erewhon, 1872, 近年ではRichard Dawkins, The Selfish Gene, 1976)。バトラーはダーウィンが大嫌いだったので、生物個体を中心にした個人主義的な自然淘汰説に反対し、鶏という生物個体ではなく、卵の方が実は基本なのだとダーウィンに反対したかったのだと勝手に解釈することができるのですが、それをより正確に表現し直してくれたのがダーウィン主義者のドーキンス(つまり、バトラーの答えは結局はダーウィン的だったということ)。進化を考えるとき、二つの違う見方があります。その一つは生物個体中心の見方です。自然淘汰が働きかけるのは生物の個体であり、個体が生存して生殖するか、または死んでしまうかするのです。ですから、個々の生物個体が自然淘汰が働く対象になるという訳です。もう一つの考えは遺伝子を淘汰の対象として考える見方です。このような見方は、上述の「鶏とは卵が別の卵を産むための手段に過ぎない」というバトラーの有名なことばにも表わされていますし、もっと現代的な表現は、やはり上述のドーキンスの著書『利己的な遺伝子』に述べられています。この見方によれば、生物個体は遺伝子によって、遺伝子自身の生存を保証するように作られ、遺伝子によって操作されている生存機械に過ぎないことになります。

 バトラーの卵は遺伝子(=DNA)に対応していて、この遺伝子は強い生存欲求をもち、そのために鶏を利用しているということになります。知覚経験という常識に頼れば、自然淘汰が働く主人公は生物個体ですが、生物学の知識に基づけば、自然淘汰が働くのは遺伝子に対してであり、主人公は遺伝子、あるいはDNA。そして、この二つの見方は矛盾するものではなく、両立可能な見方というのが現在の穏当な立場です。とりあえずの要約はこのくらいにして、常識に反する構図の文学形式の一つがユートピアであったことを思い出しながら、バトラーと芥川のユートピア小説を思い出してみましょう。
 バトラーは1872年に『エレホーン(Erewhon)』を発表しました(『エレホーン-山脈を越えて-』、岩波文庫、山本政喜訳)。表題はnowhere(どこにもない、now-hereではない)のアナグラムで、ユートピアを舞台にした風刺小説。ユートピアギリシャ語の ou(否定詞)と topos (場所)に由来し、どこにも存在しない場所、転じて理想的社会、空想的社会を意味しています。プラトンの『ポリテイア(国家論)』や『ノモイ(法律)』、アウグスチヌスの『神の国』などに理想の国が説かれていますが、ユートピアという言葉を使って理想的社会を主張したのが トマス・モアの『ユートピア』 (1516) 。現代の私たちが素朴に「理想郷」としてイメージする「ユートピア」とは違い、トマス・モアらの「ユートピア」には非人間的な管理社会の色彩が強く、決して自由主義的、牧歌的な理想郷(アルカディア)ではありません。そこで、バトラーの代表作『エレホーン』のあらすじを追ってみましょう。

 主人公ヒッグズは、牧羊のために遠い植民地にやってきた22歳の英国人。牧羊地の遥か彼方に何があるか興味を持ったヒッグズは、危険を冒して雪山を越え、激流を渡って、そこにたどり着きます。『エレホーン』の最初の五章はこの旅の描写。バトラーは、父親と同じ聖職者の道を歩もうと、ケンブリッジのセント・ジョンズ・カレッジに進みますが、キリスト教に疑問をもち、ニュージーランドに渡って、そこで牧羊を始めます。『エレホーン』の自然描写は彼の6年のニュージーランド生活から得られたものです。エレホーンへの旅のために、紅茶、ビスケット、砂糖、堅パン、煙草、塩漬牛肉、ブランディーなどが用意されます。夜天、焚き火のそばで毛布を巻きつけての就寝、夜のしじまの爽やかさ、時折の水鶏の鋭い叫声、火の赤いかがやき、ひそやかな川の流れ、夜半に眼をさますと、頭上には星が見え、月は山上に輝きます。何日も旅を続けた人にしかわからない満足感が見事に描写されています。
 こうして、ヒッグズはようやく「エレホーン」にたどり着きます。その村の風光明媚なこと、老若男女もみな美しく健康で品位あることに彼は驚きます。平和なその村の描写はバトラーが愛した北イタリアの風景そのものす。バトラーは厳格な牧師である父親のために暗い少年時代を送りました。この子供時代の唯一の慰めは家族で何度か訪れたイタリア旅行。それ以来、イタリアは彼の第二の祖国、終生の恋人となったのです。バトラーは死の直前まで、何度も繰り返しイタリアを訪ね、古い寺院のテラコッタを絶賛し、忘れられた無名の芸術家たちの名を世に出しました。バトラーが北イタリアの世に埋もれた芸術家たちを称揚したのも、ミケランジェロラファエロへの不満があったのでしょう。バトラーはキリスト教世界の芸術家をことごとく否定し、彼が認めた数少ない例外はシェークスピアヘンデルでした。
 さて、未知のエレホーンに入国したヒッグズは、懐中時計をもっていたために拘置所に入れられます。やがて、牢屋の番人の娘イルマからエレホーン語を習ううちに、主人公は次第にこの国の特別な慣習を知るようになります。エレホーンでは、病気になることや醜いことや不幸であることが犯罪。また、いかなる器械の所持も犯罪とみなされ、特に時計を持つことは肺結核コレラになることと同様、死刑にも値する重罪でした。ヒッグズは金髪碧眼の美青年だったので釈放され、首都に住む裕福な家庭の預かりとなるよう言われます。でも、その家の主人が大金横領の前科があると知ってヒッグズはひるみます。それでも、エレホーン一の美人姉妹がその家庭にいると聞いてその提案を受諾。
 その家で主人公は美しく優しい性格の妹のアロウヘナと恋に落ちます。ところが、エレホーンでは、姉から先に結婚しなければならず、ヒッグズに姉のズロラを娶わせようとします。ズロラはやはり美人ですが、性格が悪く、ヒッグズはズロラを好きになれません。アロウヘナへの愛情が抑え難くなった主人公は、ついに意を決して彼女を連れてエレホーンを脱出しようとします。ここでエレホーンの「逆さま」の制度慣習について説明しておきましょう。
 ヒッグズは、エレホーン国の裁判を傍聴します。すると、まず入廷した被告の男性は妻を病気で失くし,残された三人の子供を抱えて悲嘆にくれているという罪で起訴されました。弁護人は、被告が本当は妻を愛していなかったのだ、と陳述しましたが、それは検事側のたくさんの手紙類によって否定されました。結局、この男は有罪を宣告されますが、ただ、妻にかけた保険金がおりるという理由で、罪を軽減されました。次は肺結核で死にそうな青年。弁護人は被告が保険金を取得するために重病を装っていると弁護しますが、それは衰弱して立っていられない被告の病状によって否定されます。判事は被告に無期懲役を言い渡し、こう付け加えます。「被告の青年に罪はなく彼はもともと病弱に生れた不運にある、という人もいるだろうが、まさにたわけた言い草だ。不運である、ということが被告の罪なのだ」と。そこで主人公ヒッグズは考えます。「エレホーンでは不運、不幸なことが罪で、それは不運や不幸が人を不快にさせるから。同じように、幸運、幸福であることが称賛される。幸運であることは既得権益のうちで最も重要なもの。病弱の両親のもとに生まれ、劣悪な環境で重病に陥った人間の罪は不運であることだ。」と考えて、ヒッグズはエレホーン流の罪悪感に同意。
 ところで、ヒッグズは婦人たちが、毎日正装して「音楽銀行」へ行くことに興味を持ちました。この音楽銀行で発行される紙幣は実世界では全く通用しないのですが、婦人たちは財布を開けてその紙幣をこれみよがしに人に見せたり、人があまり音楽銀行へ行かないことを非難したりします。音楽銀行の行員たちは、エレホーンの一般的人間と比べてかなり容貌が劣り、小さいころから独特の教育を受けているので、大人になってからはもはやそれ以外の職業につく力はありません。要するに、この音楽銀行はイギリスの教会の絶妙な風刺なのです。
 さて、物語の最後にヒッグズは、恋人アロウヘナを伴って気球でエレホーンを脱出します。愛を確かめ合う前に彼はアロウヘナをキリスト教に改宗しようとしますが、エレホーンの伝統的な信仰をもつ彼女は、恋人の宗教を認めながらもそれを受け入れません。二人の真剣な議論を通じて、バトラー懸案の宗教と信仰の問題が取り上げられます。
 エレホーン人は偶像崇拝者ですが、その底に「眼に見ゆることなく存在する真摯な力強い信仰」を持っていました。彼らが崇拝する神は、正義、力、希望、愛など、人間の諸特質の人格化でした。ヒッグズはアロウヘナに反論します。「正義は崇敬すべきものであるという事実は、それがまた生きたものであるという信仰が無くとも、すこしも左右されるものではありません。希望は実在の人格であるということを信じなくなったら、人がそのためにこれっぽっちでも希望を失くすると、本当にあなたは考えているのですか?」「その通りです」とアロウヘナも反論。「人格性の信仰がなくなれば、正義とか希望とかに対する尊敬もなくなり、人々は二度と正しくあることも希望を持つこともなくなるでしょう」さらに、アロウヘナは次のように言います。「あなたのキリスト教の神は、善、智、力についての認識の最高の表現に過ぎません。そんな偉大な光栄ある思想の一層生々とした認識を作り出すために、人がそれを人格化し名前を与えたのです。ところで、人々が、神は善や智や力などの人々の抱く概念の表れにすぎないがゆえに、神を一個の人格だと信じなくても神を愛せるようになったとしたなら、一体どうなさいますか」と。
 バトラーはキリスト教徒が、自分でみたこともない復活の物語やあれこれの奇蹟について語るのを聞いて憤慨していました。彼は、聖職者になるつもりでカレッジを卒業したのですが、イースト・エンドの貧しい子供たちを教えるうちに、洗礼を受けた子と受けていない子とでは道徳上全く差異がないことに気づきます。また、四福音書の比較研究をしているうちに、キリストについての事蹟、なかんずく復活の事実など、は信用できないと思うに至りました。
 『エレホーン』には他にも「機械の書」という章があって、そこではいつの日か機械が意識を持ち、人間を支配するようになるだろう、という思想もあります。科学にバトラーほど激しく噛み付いた作家はいないでしょう。男色であったためか、彼は終身独身を守りました。彼の本は、生前最後の『エレホン再訪』を除いては多額の赤字を生みましたが、ニュージーランドで蓄えた資産と父の遺産で何とか働かずに暮らせました。

 『エレホーン』に強い影響を受けた『河童』は、芥川龍之介が1927年(昭和2年)に総合雑誌『改造』誌上に発表した小説。当時の日本社会、あるいは人間社会を痛烈に風刺、批判した小説であり、同じ年の芥川の自殺の動機を考える上でも重要な作品の一つ。芥川の命日7月24日は「河童忌」と呼ばれています。そのあらすじを見てみましょう。
 ある精神病患者の第二十三号が語った物語。3年前のある日、彼は穂高山に登ろうとします。その途中で河童に出会い、河童を追いかけて河童の国に迷い込むのです。そこは、すべてが人間社会と逆で、雌の河童が雄を追いかけ、出産時には事前に河童の生活について胎児に知らされ、産まれたいかどうか問われ、胎児が生まれたくないと答えれば、即時に中絶が合法的になされるのです。新機械の発明で職工が次々解雇されますが、罷業や社会問題が起きない理由として資本主義者のゲエルは『職工屠殺法』を挙げ、ガスで安楽死させられた河童の肉を食用にすると言うのです。唖然とする精神病患者に、「あなたの母国でも第4階級(最貧層)の女性が売春を余儀なくさせられているのだから、食用を厭うのは感傷主義」と言い放ち、河童の肉で作られたサンドウィッチを差し出すのです。哲学者のマッグは『阿呆の言葉』(自作の『侏儒の言葉』や『或阿呆の一生』の表題のパロディーと考えられる)という警句的著作で「阿呆はいつも自分以外のものを阿呆と考えている。」、「我々は人間より不幸である。人間は河童ほど進化していない。」といった警句を記します。詩人のトックは後に自殺しますが、死後に交霊術により現れ、様々な質問に答え、自分の死後の名声を気にかけます。人間の世界に戻った主人公は、河童を人間より「清潔な存在」と振り返り、対人恐怖が一層激化することになるのです。

 さて、外出自粛の中、これまでの生活様式と新しい生活様式とではいずれがバトラーや芥川の描いた生活様式に近いのでしょうか。