晩秋の赤い薔薇

 薔薇戦争百年戦争後のイギリスで1455年から30年間続いた内乱。王位継承をめぐって、ランカスター家とヨーク家が戦い、紅バラ、白バラをそれぞれの家紋にしていたため、「薔薇戦争」と呼ばれています。紅バラのランカスター家の一族であるテューダー家のヘンリーが白バラのヨーク家のリチャード3世を倒し、ヨーク家のエリザベスと結婚することで終結しました。終結の際、紅いバラと白いバラを重ねた紋章「テューダーローズ」が作られ、イングランドの国花に制定されました。テューダーローズは実在しませんが、白とピンクが混じった「ヨーク アンド ランカスター」が名前通りに両家をイメージした品種です。イングランドはテューダーローズ、スコットランドはアザミ、ウェールズはラッパスイセン北アイルランドはシャムロックがそれぞれ国花です。

 1819年フランスのシャルロット・ド・ラトゥールが書いたLe Langage des Fleurs(『花言葉』)が評判となり、フランスで大ブームを起こし、それがヨーロッパ中に広がり、日本にも伝わりました。ラトゥールは独自の花言葉をリストにまとめ、花の観察と花の文化の両方を重視しています。彼女は花の中でもバラに重要な位置を与えました。バラは「花の中の花」と称されるほどヨーロッパで重視されてきた花です。ヨーロッパの伝統では赤いバラは勝ち誇る美と愛欲を象徴するだけでなく、現世の諸行無常も象徴しています。

 日本の古い茨については既に何度も述べましたが、中国の詩の世界では薔薇と蓮が夏の花の代表であり、漢詩の中には多くの薔薇が登場しています。北原白秋の詩を挙げてみましょう。

「薔薇二曲」  北原白秋『白金之独楽』

一 薔薇ノ木ニ

  薔薇ノ花サク

  ナニゴトノ不思議ナケレド。

二 薔薇ノ花。

  ナニゴトノ不思議ナケレド。

  照リ極マレバ木ヨリコボルル。

  光リコボルル。

 「バラ」は立派な和語であり、茨城、茨木の「ばら」です。「薔薇」を音読みした「そうび」、「さうび」、「しやうび」が和歌や俳句で使われてきました。

*画像は晩秋の赤い薔薇です。