私が生まれた家の裏庭に群生していて、祖母が愛用していたのがドクダミ(蕺草、蕺)。別名はドクダメ(毒溜め)、ジュウヤク(十薬)、ジゴクソバ(地獄蕎麦)などで、どの名前も民俗学的妄想を大いに掻き立ててくれる。ドクダミ全体に独特の香りがあり、子供の頃はこの臭いが何とも陰気に感じられ、好きになれなかった。毒を抑えることを意味する「毒を矯める、貯める」から、「毒矯め(ドクダメ)」が転訛し、「毒矯み(ドクダミ)」と呼ばれるようになったというのが通説だが、尤もらし過ぎて、何かつまらない。子供の頃の私は祖母のドクダミ信仰をすべて鵜呑みにしていて、私自身の好き嫌いは別にして、ドクダミこそが万能の薬だと単純に思い込んでいた。
ドクダミはハート型の葉の先端に、十字型の白い花を咲かせる。今でも湾岸地域では道端のあちこちで、よく見かける。今年は特に目立つ。それは子供の頃の風景と何ら変わらない。四つ葉のクローバーではないが、5弁のドクダミを見つけたりして、子供時代の記憶がドクダミの咲く道端で急に蘇ってくる。老人の私の前に意外に美しいドクダミの花が今年も眩しく輝いている。
細見綾子 十薬が匂ふ恋しさともちがふ
鷹羽狩行 どくだみや年々に喜怒淡くなり


