ナワシロイチゴの花

 バラ科ナワシロイチゴ(苗代苺)は這性(はいせい、横に茎を伸ばして広がる性質)落葉低木で、枝や萼に棘があります。キイチゴの仲間で、初夏に薄紅~紅紫色の五弁花を開きます。今年も既にその花を見ることができます。花の後に、鮮赤色の宝石のような集合果をつけますが、球状の果実は甘く、酸味もあります(最後の画像)。「ナワシロイチゴ」は苗代の時期に果実が熟し出すことから名付けられました。別名はサツキイチゴ(皐月苺)で、Japanese raspberryとも呼ばれます。

ナワシロイチゴの花は開花しても花弁が開きません。萼片は花弁と同じ5枚で、花期になると、萼片が大きく広がります。よく見ると、花の先はおちょぼ口になっていて、そこから雌しべの柱頭だけが顔を出しています(画像)。雌しべはさらにせり出し、花弁とのすき間から雄しべが出てきます。萼片は全開していますが、花弁は閉じたままです。この時点で雄しべから花粉が出ています。雌しべ、雄しべは時間差で熟し(雌雄異熟)、自家受粉を避けています。そして、雌しべも雄しべも役割を終え、しぼみ出します。花弁は昆虫などを引き寄せるためのものとされますが、ナワシロイチゴでは役に立っていません。蕾のときと同じように萼は閉じ、その中に若い実ができます。

**「開花しない花」は自己矛盾のような存在です。花は受粉を媒介する昆虫類(訪花昆虫)を誘引するために進化してきましたから、花びらのディスプレーは極めて重要です。ところが、花弁が閉じたままのナワシロイチゴはもっぱら花弁の裏側で、昆虫を誘引します。何が原因かはよくわからないのですが、花が開かなくても受粉効率に影響はなさそうなのです(画像の一つにはミツバチが見える)。ところで、「花が咲く」と「花弁が開く」は同じ意味なのでしょうか。「花が咲く」を視覚的に花弁が開くことと解釈するか、機能的に昆虫を誘引することと解釈するかで答えは変わってきます。私たちは「花が咲く」という単純な文を一体どのように捉え、解釈しているのでしょうか。確かに、「花が咲く」には様々な意味があります。