春のモミジ

 今はあちこちのモミジの花が咲いている。花は地味だが、紅い小さな花弁から白い雄しべが飛び出している。花が終わると、すぐにブーメランのような翼果(よくか)をつける。モミジの実はプロペラ状の翼がある翼果で、赤く色づき熟すと、その翼で風に乗り、クルクルと回転しながら飛び、落ちていく。そんな実に比べても、花は本当に目立たない。

 緑に赤となれば、配色としては派手な取り合わせだが、画像のようにほんの少しの赤がほんのりのっているのは何とも奥ゆかしく、日本人好みのつつましい美しさがある。モミジの「果実、あるいは実」はブーメランのような全体を、モミジの「種」はブーメランの中身のことを指すらしいが、私にはどうもはっきりしない。

 「散る桜 残る桜も 散る桜」の桜はサクラの花を指しているが、「裏を見せ 表を見せて 散るもみじ」のもみじはモミジの花ではなく、葉を指している。いずれも良寛の句と言われているが、共に寂しさが漂い、滲み出ていると解釈されてきた。

 だが、今は良寛の句も新緑の中で寂しさなどカラッと吹っ飛び、命の躍動を詠ったと解釈してもおかしなことなど何もないのではないか。「もみじの実、舞い飛びながら 地を目指す」、「ブーメランと よく似た動き モミジの実 風に乗り切り 空を舞う」と詠みたくなるのは私だけではあるまい。