A君は江藤農相が「論理的に計算してもそういう数字(700%)は出てこない」と指摘したニュースを聞いた。そして、「論理的に計算する」とはどのように計算することなのか、とても気になったのである。大臣の指摘する数字(700%)は、恐らく「論理的に説明できる計算式によって得られた数値」のことだとA君は推測した。
「考える」とは「論理規則に従って考える」ことだが、「歩く」とは「論理規則に従って歩く」ことではない(と私たちは思っている)。では、「計算する」とは「論理規則に従って計算する」ことなのだろうか。論理規則に従って考えても、論理規則に従って歩くのではないように、論理規則に従って計算するのではない。話すのも、計算するのも、論理規則を前提にして、それぞれ言語規則や計算規則に従って話し、計算するのである。このように考えても、なにかスッキリしないA君はさらに次のような(問)を考えてみた。
(問)「論理的」という表現の幾つかの例である「論理的に作図する、論理的に運転する、論理的に描く、論理的に走る、論理的に考える、論理的に行動する、論理的に悲しむ、論理的に喜ぶ、…」の中で、おかしい(と思われている)例は何か。次に、「論理が誤っている、論理規則の使い方が誤っている、誤った文法や理論がある」の中のおかしい(と思われている)例は何か。
この(問)に答えることで、A君は僅かでもスッキリすると思ったが…。A君のモヤモヤはまだ暫く続きそうである。