3月も中旬になり、ハクモクレン(白木蓮、Magnolia denudata)の白い花が咲いています。ハクモクレン(白木蓮)はモクレンの仲間で、私は子供の時からハクモクレンをモクレンと思い込んでいました。「木蓮」という名前は「ハス(蓮)に似た花が咲く木」という意味です。白い清楚な花は新葉が出る前に咲き始め、コブシ(辛夷)と違って花弁が開き切らず、卵が立ち並ぶように枝先につきます。花びらは太陽の光を受けて南側がふくらむため、花先は北側を指すことになり、そのことから、「磁石の木」と呼ばれることもあります。
さて、「マグノリア」と総称されるモクレンは地球上で最古の花木で、1億年以上も前から既に今のような形態だったようです。ツバキ(椿)、ツツジ(躑躅)、そしてモクレン(木蓮)は三大花木とされていて、既にツバキが咲き、ハクモクレンが花を開き、ツツジも早咲きのものは花をつけています。モクレンは紫色の花をつけるため、シモクレン(紫木蓮)とも呼ばれます。モクレンは外側が紫色、内側が白色の花をつけ、平安時代に中国から渡来しました。漢方で「辛夷(しんい)」と呼ばれる蕾を頭痛や鼻炎の薬とするために植えられました。
同じ中国原産のハクモクレンとモクレンは花色以外にも違いがあります。ハクモクレンは花弁が9枚で、開花後に葉が出るのに対して、モクレンは花弁が6枚、開花中に葉が出て、花が終わるころには葉に隠れてしまいます。モクレンはハクモクレンより少し遅れて花をつけます。
かつて唐の王維はシモクレンについて「辛夷塢(しんいお)」という詩を詠みました。
木末芙蓉花
山中発紅蕚
澗戸寂無人
紛紛開且落
「辛夷」はシモクレン(「辛夷」は日本ではコブシ)、「芙蓉」は蓮の花のことですから、シモクレンが木の梢に蓮の花のように咲いたと王維は述べます。谷川に沿った家は静まり返り、人の気配がありません。シモクレンの花は、ひたすらに、ひたむきに花をつけ、散っています。
次は、マグノリアについての雑感です。映画「Steel Magnolias(マグノリアの花たち)」の舞台はルイジアナ州。タイトルのマグノリア(タイサンボク)は州の花で、南部女性の代名詞として使われてきました。タイトルの「Steel Magnolias」は「鉄のマグノリア」ですから、花のように優雅に見えても、鉄のように頑強な心をもつ南部女性という意味です。一方、同じアメリカ南部のサウスカロライナ州の田舎町セレニティを舞台にしたのが「Sweet Magnolias」。こちらはこの町に住む3人の女性を中心に町の日常生活を描いているテレビドラマです。
マグノリア(タイサンボク、Magnolia grandiflora)はアメリカ南部のルイジアナ州とミシシッピー州の州花で、モクレンやコブシの仲間です。マグノリアは北アメリカ原産の常緑高木で、初夏に大輪の白い花を咲かせる樹木。花の直径は20〜30センチにもなり、日本の花木では一番大きな花を咲かせます。
「泰山木」の名前は花、葉、樹形などが大きくて立派なことから、中国の泰山に喩えたものです。また、花の形を大きな盃に見立てて「大盃木」、それから次第に訛って「泰山木」になったという説や、大きな樹形が大山のように見えるところからきているという説があります。そのため、私はずっとタイサンボクは中国が原産だと信じて疑いませんでした。文化や常識にはしばしば嘘が含まれていて、簡単に騙されるのです。でも、だからこそ文化や常識は魅力的であり、そして、曲者なのです…
ハスやスイレンに似た歴史を持つのがモクレンやコブシ。ハスやモクレンは私には代表的な仏花でした。ですから、モクレンもコブシもマグノリアの仲間で、アメリカ南部を代表する花の親戚だということがピンとこないのです。そして、植物としての近縁関係と、生活の中の花としての近縁関係とが一致していない典型例になっていたのです。
マングリエティア・インシグニス(Manglietia insignis)はモクレン科モクレンモドキ属の常緑高木。マグノリアの仲間で、中国の西部からヒマラヤ、ミャンマーにかけて分布します。和名は「木蓮擬き(モクレンモドキ)」、別名が「ベニバナモクレン(紅花木蓮)」。私が知るモクレンモドキの花は白で、花姿もハクモクレン、コブシに似て、私たちを虜にするような見事なものです。そして、王維の「辛夷塢(しんいお)」の辛夷が紅花木蓮だったかも知れないと想像してしまうのです。
移入種や園芸種が国際的、大域的であることを考えるなら、私の違和感など格段取り上げる必要のない、誤ったものに過ぎないのです。移入種や園芸種はローカルだったものが大域化、国際化された結果なのですから。
最後はハクモクレンに関する植物学的な問いです。ソメイヨシノより先に満開のハクモクレンは青空の中で存在感を示しています。皮肉好きなら「枯れ木も花の賑わい」と揶揄するかもしれません。そんなへそ曲がりより、先ず花をつけることによって植物の本性を示していると優等生的に考える人の方が多い筈です。確かに、ウメもソメイヨシノもハクモクレンも枯れ木のような状態で、花を咲かせます。私たちは昔からこの「枯れ木の花」を妙に好んできました。むろん、多くの植物が花と葉を共存させていますから、それも私たちは嫌いではありません。
植物の生殖過程では、先ず葉が茂ることで光合成が営まれ、エネルギー(栄養分)が蓄積され、それによって花芽が成長して開花、受粉(受精)し、果実がつくられ、果実が成熟し、新しい個体に育つというシナリオが成立しています。この過程には大量のエネルギーが必要で、生殖の過程と光合成によるエネルギー獲得が同時進行することが植物には好都合のように見えます。
では、ソメイヨシノ、ハクモクレンなどで花の咲くのが葉の出るのに先行する理由は何なのでしょうか。開花と新芽は実際にはほぼ同時に進行する現象ですが、花芽が休眠中に大きく成長しているため、開花が芽生えに先行するように見えるに過ぎないのでしょうか。あるいは、仕組みとして開花と開葉は別々にコントロールされていて、場合によっては開花の結果が芽生えを促すことも考えられます。何れであれ、開花と開葉の時間差は植物にとっては重大で、それが受粉の過程に影響を及ぼします。受粉の効率化の観点(風媒花や虫媒花と、関係する動物の行動)から研究されていますが、いまだ決定的な解答を私たちは知りません。考えてみれば、植物にとっての最も基本的な問いの一つです。






