血縁関係に矛盾がない?

 DNAの核は個人を特定できるが、ミトコンドリアは母親から遺伝されるもので、血縁関係を調べることはできても、個人の特定はできない。ミトコンドリアDNAは母親の系統から受け継がれるもので、骨は美咲さんの可能性があるが、断定はできず、母親と血縁関係のある他の人の可能性もゼロではないことが省略されて、「血縁関係に矛盾がない」と表現されているようなのだが、この奇妙な表現は何を意味しているのか。

 Aを美咲さん、Bをとも子さんの子供とすると、「美咲さんはとも子さんの子供である」は「AはBである」となり、「AはBであることに矛盾がない」とは、「AがBであることは矛盾である」の否定である。つまり、「Aは Bであるは整合的である」、つまり、「美咲さんはとも子さんの子供である」が正しい可能性があるのである。つまり、見つかった骨がとも子さんと血縁関係にあり、美咲さんもその一人であるが、美咲さんただ一人という訳ではないということである。これで納得できるのではないか。

 ミトコンドリアDNAで思い出すのはミトコンドリア・イブ(ヒトの分子生物学的研究で、現在の人類の最も近い共通女系祖先につけられた愛称)である。カリフォルニア大学のグループは147人のミトコンドリアDNAの塩基配列を解析し、系統樹を作成した。すると、人類の系図は二つの大きな枝にわかれ、ひとつはアフリカ人のみからなる枝、もう一つはアフリカ人の一部と、その他すべての人種からなる枝であることがわかった。これは全人類に共通の祖先のうちの一人がアフリカにいたことを示唆し、このように論理的に明らかにされた古代の女性の名称が「ミトコンドリア・イブ」である。

 ミトコンドリアDNAは必ず母親から子に受け継がれ、父親から受け継がれることはない。したがって、ミトコンドリアDNAを調べれば、母親、母親の母親、…と女系をたどることができる(男系は残念ながらたどることができない)。このように、ミトコンドリアDNAの違いの多少を調べていくと、全ての人類の母親にたどり着けるのではないかと考えることができる。つまり、ミトコンドリア・イブは「人類の最も近い共通女系祖先」である。