正教会の中の戦争

 ロシア正教会のキリルモスクワ総主教がロシアのウクライナ侵攻に祝福を与えたことで、世界の正教会は分裂の危機に陥っています。プーチン大統領の盟友キリル総主教は今回の戦争を退廃的な西側諸国への対抗手段と考えていますが、その二人が共有するのが「ルースキー・ミール(ロシア世界)」という思想です。

 総主教の言動はモスクワ総主教座につながる各地の正教会に反発を引き起こしました。正教会系のキリスト教徒は全世界で2億6千万人。そのうち約1億人がロシア国内にいますが、今回の戦争でその関係に緊張が生まれました。キリル総主教はウクライナを自らの精神的管轄領域の不可分な一部だと主張していますが、それに対してトルコのイスタンブールを拠点とするエキュメニカル総主教のバルトロメオ師はウクライナ正教会自治を支持しています。他の正教会もキリル総主教の戦争に対する姿勢に反対していて、世界各地の正教会で大混乱が生じました。キリル総主教の態度は、ロシア正教会と他のキリスト教会の間にも亀裂を生み出しました。キリル総主教は西側諸国がロシアを弱体化させるための「大規模な地政学的戦略」に関わっていると主張しています。

 ロシアの地位とロシア人のアイデンティティーが揺らいでいる中で、プーチン大統領はロシアの人々を結集させるために教会の力に頼り、宗教の多様性を一切否定し、統一されたロシア正教会という考えを推進することによって、ウクライナのような独立国の諸国民をロシアにつなぎ止めようと試みたのです。

 2009年即位したキリル総主教は「ロシア世界」のイデオロギー信奉者であり、それによれば、ロシア、ベラルーシウクライナの国家は同じものであり、その中心はモスクワにあります。これは2月21日のプーチン大統領の言葉と同じで、彼はウクライナには独立国家としての正当性がなく、ロシアと一つになるべきだと主張しました。「我々にとって、ウクライナは単なる隣国ではなく、我々の歴史、文化、精神空間の不可分の一部だ」というプーチン大統領の言葉は、そのままキリル総主教の考えでもあります。彼はウクライナへの侵攻が始まって数日後の2月27日、ロシアとロシアの教会の統一に常に反対してきた人たち、つまりプーチン大統領の計画に反対するウクライナ人を「悪の勢力」と断罪したのです。

*門外漢の私ですが、上記のような一様で、専制的な政教一致のルースキー・ミールを多様で、民主的な政教分離の思想に改変することは可能で、それをウクライナの主張だとみることができそうなのですが…