「ふるさと」トリヴィア(1)

 中世の教養科目(リベラル・アーツ)は文法、修辞学、論理学から成る初級の3科 trivium(複数形はtrivia)と、算術、天文学幾何学音楽学の上級4科 quadriviumで構成されていました。そこからトリヴィア(trivia)は「初歩的でつまらない」という意味になったようです。数学のテキストには証明するまでもなく、自明なことをtrivialと言います。これが「トリヴィア」についてのトリヴィアです。

 そこで、次のトリヴィア。「故」とは、ふるい、むかしの「故事」、「故実」を意味しています。さらに、「故郷」や、「故障」、「事故」も意味しています。「故意」、「故人」といった意味もあります。よく使われる「何故」にも登場します。「郷」もふるさと、生まれたところのことですから、「故郷」がふるさとを意味していることはほぼ自明です。

 「故郷」(こきょう、原題:故鄕)は魯迅の代表作ともいえる短編小説の一つですが、「ふるさと」を訳すと、Hometown、Pueblo natal、Ville natale、Heimatなどとなります。中国語だと、故乡;自己生长的土地(自分の生まれ育った土地、one’s native land)です。さらに、英語にはbirthplace; homeland; home; a place dear to one's heart; one's spiritual homeなどがあります。

 故郷(こきょう)は「生家、生まれた土地、生まれ故郷」から「自分の土地、子供時代を過ごした場所」へと広がり、「記憶の中の生れた環境、私の生まれ育った文脈」などへと拡散していきます。こんな字句の詮索をしていても何もわかりません。「ふるさと」はとても厄介な概念で、それに対して民俗学の貢献など何とも物足りません。

 「婿をもらった一人娘や、隣の家に嫁に行った娘はどんなふるさと観をもつのか」という問いは一見興味深い問いに思えるのですが、生れ故郷に暮らし続けることはふるさとを考える上で重要なのでしょうか。

 カリーニングラード州はロシアの飛び地。ここはかつてのドイツ騎士団領で、19世紀にドイツを統一に導いたプロイセン王国揺籃の地です。同名の州都はかつてケーニヒスベルク(Königsberg、ドイツ語で「王の山」)と呼ばれ、哲学者カントが終生一歩も出なかった都市で、プロイセン公国プロイセン王国の首都でした。故郷を一歩も出なかったカントは偏狭な精神の持ち主とは程遠く、物質、精神、世界について思いを巡らしました。上記の問いが有意味だということの反例がカントです。

 人生とは旅人のようなものだと力説したのが芭蕉で、彼はカントと違って旅を重視しました。『おくのほそ道』の序文は「月日(つきひ)は百代(はくたい)の過客(かかく)にして、行(ゆ)きかふ年もまた旅人(たびびと)なり。舟の上に生涯(しょうがい)をうかべ、馬の口とらえて老(おい)をむかふるものは、日々(ひび)旅(たび)にして旅(たび)を栖(すみか)とす。」で、旅こそが人生であると述べています。

 カントと芭蕉に「あなたにとって旅とは何か、ふるさととは何か」と尋ねてみたくなります。人生が旅であることを認めれば、旅に出ることがふるさとを出ることに繋がっています。旅に出なかったカントでも彼なりの心の旅をしていたのであれば、それは芭蕉の心身の旅と重なることになります。