雑談「熊坂長範」(4)落語

 義経伝説ほど日本人の心を捉えて離さない伝説はありません。義経は文学、芸能のきっかけであり、目的でもありました。『源氏物語』が貴族文学の代表とすれば、武家文学の最初の代表が『平家物語』やその異本である『源平盛衰記』でしょう。義経文学は様々な文学形態にわたり、驚くべき多くの作品を生み出してきました。既に紹介した能の「烏帽子折」、「熊坂」はその中の代表的な作品であり、幸若舞、歌舞伎、浄瑠璃等にも多くの傑作が溢れています。

 能については既に述べましたので、落語に焦点を当ててみましょう。『源平盛衰記』を落語化したものは、略して「源平」と呼ばれます。源義経の生い立ちから、常磐御前(ときわごぜん)、熊坂長範、木曽義仲鵯越(ひよどりごえ)、屋島、壇ノ浦と、源氏が平家を滅ぼすまでを、義経に合わせて物語って行きます。これは大変長いので、落語では部分的に扱われ、演者によって話す部分が違ってきます。どの噺も古典の『平家物語』の一部ですから、会話より説明が多い地噺となり、噺家のセンスが問われます。「源平盛衰記」は談志が三平から習い、そこに当時の世相や時事問題を練り込み、早口でスピーディーな展開によって客を圧倒し、革新的な噺に変えたと言われています。

 さて、それに連なるものに「熊坂」があり、五代目三升屋小勝が得意にしていました。これは有名な大泥棒たちについての小噺のようなもので、熊坂長範が最後に登場します。牛若が小手を打つと、長範が薙刀を取り落とし、すかさず薄緑の名刀で首を切るのですが、血が出ません。そこで今度は向こう臑を払って、倒れた身体を踏むと、血が出ずに、餡が出たのです。そこで、「これは熊坂で無く今阪だ、潰して出たから潰し餡(あん)で御座います。」で終わります。今坂(阪)は餡の入った菓子で有名な店で、今坂と熊坂をかけている訳です。

 では、「熊坂」に出てくる盗人の辞世の句を比べてみましょう。

武蔵野にはびこる程の鬼薊(おにあざみ)、けふの暑さに今ぞ凋(しお)るる

万年も生きよと思う亀五郎、たった百両で首がすっぽん

石川や浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ

 単なる洒落で済まされないのが最後の石川五右衛門の辞世の句です。彼の句を私のように解したのでは粋(いき、すい)ではなく、無粋の極みだと断じる人が多い筈ですが、私にはこの句が深遠な真理を言い当てているように思えてならないのです。「広い砂浜の砂粒の数がどのように大きくても、数えていけばいつかは終わるのに、盗人の遺伝子は次から次と伝わり、際限なく子孫に遺伝していく」という内容で、何とも理詰めの句で、生き物としての人のもつ業を冷静に表現しているのです。それが石川五右衛門の反骨精神のエッセンスだと考えると、痛快にさえ思えてならないのです。

 浜の真砂の数は有限に過ぎなく、それに対して、絶滅しない限りは盗人の数は可算無限個(countable infinity)で、それが生き物の本性だというのがこの句の主張です。数学的根拠付きで人の本性を読み解く、さすが大泥棒の石川五右衛門だと感服するのです。

*画像は豊国画『石川五右衛門と一子五郎市』

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