どうして人は人を嫌いになるのか

 人は人を好きになる。だから、好きでない人が生まれる。つまり、人は人を好きになるゆえに、人は人を嫌いになる。では、どうして人は人を好きになるのか。人は人を嫌いになるゆえに、嫌いでない人が生まれる。つまり、人は人を好きになる。これらは、好きでない=嫌い、嫌いでない=好きという前提のもとでの話である。

 だが、これでは堂々巡りで、循環するだけである。実際、好きでも嫌いでもない人はたくさんいる。そんな人は自分の生活の中ではどうでもよい人たちで、集団のメンバーであればよく、いわば個性を要求されない、顔のない人たちである。

 個性が要求される人となれば、私がこだわり、私が関わりをもち、私との利害が絡まる人たちである。私が関心をもつ人たちは、私が好きな人、嫌いな人であり、私の人間的な環境を構成する人たちである。

 このように、私の生活する世界は、私と関わる人たち、つまり、私が好き、あるいは嫌いな人たちが重要な役割をもち、その他の人たちが僅かな役割しかもたない世界なのである。私が意識する現象的な世界には最初から好き、嫌いといった感情が感覚と共に沁み込んでいて、私が世界にコミットすればするほど、好きな人、嫌いな人が増えていき、それに応じて物語が一層多様になっていく。

 むろん、好きでも嫌いでもない中立的な人は、私の感情を抑え、生活世界が客観的であるかのように演出し、科学が描く世界にマッチするような役割を果している。電子や原子のように好きでも嫌いでもない対象と中立的な人はよく似ている。