D君の疑問

 Stay home週間で、退屈極まりないD君には「8割減の接触」の達成に躍起になっている日本列島の姿がテレビを通じて伝わっていた。「8割削減が達成できる」と感染者数は減り、普通に近い生活が戻ってくると言われ、私たちはそれを信じて頑張っている。

 D君のぼんやりした疑問は「感染者数が減り、緊急事態宣言が解除されたら、8割削減が達成されたということなのか」というもの。そこで、D君はもう一度、最初から見直してみた。8割おじさんが言うには、基本再生産数R0はイギリスで2.5だったのを使うと、その数値を下げて実効再生産数Rを1未満にするにはR=(1-e)R0なので、e=0.6、さらに夜の街や飲食店のことを考え、e=0.8が必要というものだった。今回想定されているのは人口の動態に似たモデルであり、Rやe のような幾つかのパラメーターは経験的に決めなければならない。モデルは法則ではなく、パラメーターの値は重力定数のような定数ではない。

 そのような状況で「8割削減」は何を意味しているのだろうか。接触を減らすことによってRの値を下げ、感染者数を減らすという目論見のもとでは、Rの値の低下と感染者数の減少はいずれが原因で、いずれが結果かという因果的な関係がはっきりしなくなることにD君は気づいたのである。接触の削減と感染者数の減少の間の因果関係は一方的なものではなく、循環的なのである。そして、モデルを使っての予測が正しいかどうかも、予測が正しいから結果が得られたのか、結果が得られたので予測が正しかったのかは区別がつかない場合があるのである。

 4月22日に専門家会議で出された「人との接触を8割減らす、10のポイント」はとても具体的に見えるのだが、どこにも「8割」を示すものがないのだ。いずれ流行がおさまり、私たちの対策が適切だったかどうか反省する時、8割削減が正しかったかどうかは、8割という判定がはっきりできないゆえに、謎を残したままになるのだろう。流行の終焉は8割削減の正しさの証明になるのかと問われると、100%それが正しいとは言えないというのがD君の結論。

 この結論を表現し直せば、8割削減がぼんやりしていると、その実現が達成できたかどうかが曖昧になる。だが、感染者数は明瞭、だから、その減少を8割削減の目安にする。すると、原因を結果で判定することになる。これは本末転倒で、モデルが誤りだということが証明できなくなる。こんな結論を出しながら、D君はそれでも今の自分たちの行動は誤っていないと思っている。モデルを使っての説明は大筋で正しく、行動変容と感染者数の間の強い相関を認めるなら、接触の8割削減は確かに感染者数の減少につながっている。