A君が知ったこと

 小学5年生のA君は新型コロナウイルスによる休校ですっかり退屈していた。最近は感染者の数が急激に増え出していて、「ぎりぎり持ちこたえている」というコメントを何日も続けて聞いていた。自分なら一日たりともそんな崖っぷちでの我慢などできないと思いながら、人々が頑張っていることに驚き、敬意さえ感じ出していた。

 学校からも塾からも解放されたA君はこれが自由なのかと訝りながら、首相の一日2万件にPCR検査の数を増やすという声をテレビで聞き、実際には一日5千件ほどの検査しか行われていないと叫ぶコメンテーターの声も入ってきていた。アメリカはこのところ一日2万人程感染者が増え続けていた。2万人の新感染者は当然ながらPCR検査を受けて確定した数だと思いながら、今の日本は1日5千件ほどの検査しかしていないのだから、アメリカのようなことが日本で起こったらどうなるのか、これはA君にはびっくり仰天の問いだった。事態の処理が遅れる、できないだけでは済まされないと直感的に感じたのだ。

 日本でアメリカのような感染が起きたとしよう、とA君は想定した。日本の脆弱な医療システムは直ぐに崩壊するだろうが、それを示す数値のもっとも重要なものは感染者の数。感染者が増えて医療体制が維持できなくなるのはわかるのだが、肝心の感染者数はどうやってわかるのか。何と誰にもわからないのだ。だって、1日5千件ほどしか検査する能力がない日本では2万の感染者は調べることができる数を越えていて、本当の感染者数は未知のままなのである。

 4月に入って感染者の数は明らかに増え始め、オーバーシュートの直前だとずっと言われている。3日ほどで感染者数が二倍になるような増え方を始めるとオーバーシュートだと言われるので、A君はこの数日の感染者数の推移を調べてみた。

 4月X日    800

 4月X+1 日  1500

 4月X+2 日  3000

 4月X+3 日  4600

 4月X+4 日  4900

 4月X+5 日  4800

このような数値の推移を眺めながら、A君はアメリカの感染者の増え方を日本のPCR検査の能力では追うことができないことを想い出した。感染者数は前日を遥かに超えていても、検査を行う能力がそれに追いつかなかった。日本の状況も同じだとA君は直感した。PCR検査の能力のせいで、オーバーシュートを捉えることができないのだ。だから、実際にオーバーシュートが起こり、医療の現場は崩壊を始めているのに、感染者数は何とか持ちこたえているという主張しか出てこず、オーバーシュートは日本の枠組みでは起こり得ないのだ。

 オーバーシュート直前で踏みとどまっているというのは大間違い。津波が襲ってくれば、予測も対策もすべてを飲み込んでしまう。それと同じように、感染は瞬く間に広がり、PCR検査の能力などあっという間に凌駕してしまう。その時、私たちは暗闇の中で右往左往するしかない。

 A君の退屈はすっかり吹っ飛んでしまった。