ペストの大流行から

 COVID-19の流行を考えるために過去のペストの例を考えてみましょう。

 ペストの大流行はこれまで3回ありました。最初は14世紀で、アジアからヨーロッパにかけて大流行したのが黒死病(=ペスト)で、西ヨーロッパの人口の3分の1が死にました。1346年コンスタンティノープルから地中海各地に広がった流行は、マルセイユヴェネツィアに上陸、1348年にはアヴィニヨン、フィレンツェ、さらにロンドンへと西ヨーロッパ各地に広がりました。このときのフィレンツェにおける流行の様子は、ボッカチォの『デカメロン』に描かれています。『デカメロン』はボッカチオが書いた物語集。ペストの流行から逃れてある邸宅に引き籠ったフィレンツェの10人の男女が10日間にわたり、一夜に一話、退屈しのぎの話をする訳です。引き籠りを余儀なくされた高校生諸君も参考になる筈です。
 二番目の流行は17世紀にヨーロッパ全域で起こりました。特に、1665年のロンドンで大流行し、ニュートンはこのとき感染を避けて故郷に疎開しました。ニュートンはこの時ケンブリッジを卒業したのですが、大学がペスト流行の凄まじさのために休校を繰り返したために、故郷に帰り、光の分光的性質、重力の逆二乗法則、微積分計算の基本的アイデアを発見することになりました。

 ペストの最後の大流行は19世紀末で、このときは中国から始まり、アジアで急激に広がり日本にも伝わりました。でも、1894年北里柴三郎ペスト菌を発見し、ノミがネズミから病原菌を人間に伝染させることが判明。この流行はアルベール=カミユの『ペスト』で描かれています。
 『デカメロン』、ニュートンの諸発見、『ペスト』はペストの流行が原因で生まれたもののように思われますが、ペストではなく、赤痢であっても同じように生まれた筈です。つまり、三つはペストの流行が直接の原因になって必然的に生まれたのではなく、ペストの流行がきっかけになって、法則的でない仕方で生まれたのです。これが歴史のもつ不思議な因果関係で、幅のある様々な因果関係が歴史には含まれていることがわかります。