小中生のための哲学（1）
小学生の高学年、中学生向けの哲学シリーズで、わかりやすく知識や行為について議論していきたいと思います。学校で習う事柄の背後にある基本的な問題を中心に説明し、知ること、行為することの面白さ、大切さを一緒に考えていきます。
アリストテレスの自然：アリストテレスの四原因
［世界には四つの原因がある］
論証（argument, inference, proof等、推論、証明等、様々な語彙が使われますが、前提から結論を論理的に導き出すことで、皆さんがよく知っているのは数学の証明です。） の前提と現象の原因とは無関係の事柄である。論証は人の心の中で行われる働きですが、因果的経緯は心の外、つまり物理世界で現象が生起するパターンのことです。前提と結論（帰結）、原因と結果、これら二つはとてもよく似ていますが、実際は似ても似つかぬものであり、その混同がこれまで多くの問題を生み出してきました。
「どんなもの、どんなことにも原因がある」のは自明のことだと考える人が多いのですが、そのような伝統をつくり出した一人がアリストテレスです（アリストテレスを調べよう）。そして、今でも出来事や現象を知るとは、それらの原因を知ることだというのが常識になっています。アリストテレスは哲学者である以上に経験科学者でした。彼の研究方法とその成果は17世紀まで物理的な世界観を支配し、19世紀まで生物的な世界観を牛耳ってきました。それほどまでにアリストテレスの伝統は強大であり、また説得力ももっていたのです。科学革命が何に対する革命だったかと言えば、それはアリストテレス的な科学に対する革命だったのです。そこで、長い伝統を育んできたアリストテレスの自然についての考えを見てみましょう（残念ながら、私たちが学校で学ぶのは科学革命以降の科学的知識なのです）。
アリストテレスは形相（本質）が対象の外にではなく、具体的な個体（個物）の中にあると考えました（本質や個物などという概念も彼が定めたものです）。彼の師であるプラトンのイデア（英語のidea）が個物から超越して存在しているのと違って、形相は個体に内在し、すべての個体はその形相と質料から合成されている、つまり個体の性質はその個体に内在する、とアリストテレスは考えました。今の皆さんも、恐らくプラトン風にではなく、アリストテレス風に考えている筈です。人の本質は人の中に内在し、天上に浮遊しているとは考えない筈です。
アリストテレスは存在するものの変化を説明するために「可能態」と「現実態」という区別を考えました。そして、彼は可能態と現実態の間の変化を四つの原因によって説明しようとしたのです。アリストテレスは自然に四つの原因－形相因、質量因、機動因（起動因）、目的因－を認め、それらを使って事物の現実あるいは可能な状態とその間の変化を因果的に説明しようとしました。それぞれの原因がどのようなものかを家を例に考えてみましょう。質料因は家を造る材料、石、木等です。形相因は家を造る設計者の心の中にあり、質料によって具体化されるデザインです。機動因は家を造る主体、つまり、建築家です。目的因は家を造る目的です。アリストテレスはこれらの異なる役割を下の表のように考えています。
形相因 物質的なものを現実化する、決定する、特定するものである。
質料因 それなしには存在や生成がない、受動的な可能態であるものである。
機動因 その作用によって結果を生み出す。それは結果を可能な状態から現実の状態に変える。
目的因 そのために結果や成果がつくられるものである。
（問）身の周りの事柄を理解・説明するためにアリストテレスの四つの原因が使い分けられ、彼の考えが今でも生きていることを確かめてみましょう。
アリストテレスの四つの原因は事物の構成と変化の両方に関わっています。事物が何からどのようにつくられているか、事物が時間の経過の中でどのように変化していくかの両方に関わっています。変化の時間軸に二つの原因（機動因と目的因）、構成の階層軸に二つの原因（形相因と質料因）を置いたと考えることができ、それぞれ時間的因果性、存在論的因果性と呼ばれています。その後、いずれの軸も一方向だけが取り上げられ、時間軸からは目的因が、階層軸からは形相因が排除されていきました。それが現在の因果的、還元的説明のもとになっています。階層軸は科学の研究の仕方もあって個別科学の研究領域に分けられ、分業化が進み、階層的に分割された各領域では機動因だけがもっぱら研究対象として取り上げられることになります。
［四原因のその後の運命］
四つの原因すべてを使わずに、少ない原理、原則によって現象を説明しようとする傾向が次第に強くなっていきます。自然法則によって運動を説明しようとした物理学の最初の総決算はニュートンの古典力学でした。さらに、物理的な運動だけでなく、生命現象に対しても自然選択だけで十分説明可能と考え、自然選択に基づく進化論を展開したのがダーウィンでした。力学や進化論では機動因に対応する自然法則が因果的な説明に不可欠のものとなっています。そして、機動因以外の原因は自然の説明にとって不要のものというだけでなく、誤ったものであるという烙印を押されることになります。ですから、物理学の教科書に出てくる物体が目的をもっている、生物種が変化しない性質しかもたない、つまり、生物は不変だ、といった考えは現在の私たちにはありません。
機動因に対応する自然法則によって因果性が理解できるという物理学に対して、因果性の認識について疑いをもったのがヒュームでした。因果性についてのヒュームの徹底した懐疑論は因果関係の認識を心理的な恒常的連結に過ぎないとしましたが、これを救おうとしたのがカントだったのです。でも、彼の試みは因果性をカテゴリーという合理的思考の領域に追いやり、やはり、自然の性質そのものであるとは見なしませんでした。
上のような説明は私たちの行為に関して成り立つでしょうか。行為の説明も同じように法則を使って行われなければならないというのが通常の考えであり、信念・欲求を原因にして、その結果として行為を説明するという風に考えられています。しかし、心的な状態である信念・欲求がどのように身体的な変化である行為を引き起こすかは誰にもまだわかっていません。また、心身の間の法則もその形式すらわかっていません。その理由の一つは上述の時間軸と階層軸の違いにありそうです。
心的状態 （信念、欲求）→ 脳状態 ⇒ 行為
→：階層間の還元関係、⇒：時間的な因果関係
行為の因果的な説明は時間軸上でなされるはずですが、行為の因果的関係の一部である心身の関係は階層軸上の関係であり、行為は二つの軸にまたがっての因果関係になっています。でも、両方の軸にまたがる因果関係を正確に表現し、理解することに私たちは依然として成功していません。階層軸上の関係は因果関係ではなく、還元関係として特徴づけられており、そのような枠組自体が心的因果（mental causation）を考えにくい、厄介な問題にしているのです。この厄介さはどのようなものなのでしょうか。アリストテレスの四つの原因は分解され、因果関係と還元関係の二つにまとめられ、この二つの関係は相互に独立のものと見なされてきました。例えば、物質と生命は異なるレベルにあり、物質にはない「生きる」という性質は創発的な（emergent）性質であり、還元はできないという主張をよく耳にするでしょう。物質のどこを探しても「生きる」ことは見出せないように見えます。これが生命ではなく心であれば、なおさら物質に還元できない性質が多くあると想像できます。そのような性質をもつ心の状態が下方因果的に脳の状態に働きかけるのが信念や欲求が原因として働くことであると考えられてきました。しかし、心の物質への働きかけ、作用は異なる階層間での因果関係であり、そのような因果関係は私たちが科学革命以後捨て去ってきたものです。これが厄介さの理由なのです。
（問）アリストテレスの四原因を認めるならば、何の問題もない私たちの行為の説明が、科学革命によって問題視されるようになった理由をまとめなさい。
