「生き様」には相当に長い時間の経過が前提されていますが、「死に際」には極めて短い時間で十分です。生きることは普通は長い時間を通じてのことですが、死ぬことは瞬時に起こるというのが私たちの常識で、それに異を唱える人は少ないのではないでしょうか。ですから、「生き際」や「死に様」という表現は間違っていると思われています。生きることは長い時間の中の状態（state）のことで、死ぬことは瞬間的な出来事（event）だという私たちの常識が言葉遣いに端的に表れています。そして、このように捉えることがまた常識的な解釈となっています。
「生き様」は生きている状態を形容するのであり、「死に際」は死という出来事が起こることを表現していると考えられてきました。一方は状態、他方は出来事であることに注目すると、状態と出来事は根本的に異なる形而上学的な概念であることに気づくのではないでしょうか。そして、状態と出来事の異なる見方を混同するのではなく、あえて混合して使っていることがわかります。この混合こそ私たちの生活の知恵なのです。
力学のモデルは対象の状態変化のモデルであり、そこには出来事はなく、状態変化が方程式で表現されるだけです。他方、統計力学のモデルは出来事（あるいは事象）の確率分布のモデルであり、分布の変化が数式で表現されます。状態と出来事はモデルを作る際の根本的に異なる基本概念であり、同じ物理世界について状態変化は連続的、出来事の生起は離散的に捉えられています。
私たちの記憶の中での死は「ずっと死んでいる」状態として存在できます。歴史の中の死も似たようなもので、誰かの死、生物種の絶滅などは死んだ状態のまま存在し、その解釈や意味が時代と共に変わっていきます。病気の人の死を待つ状態はもっと現実的で、過去だけでなく、未来の死も持続的に存在しています。一方、ずっと生きてはおられず、一度死ねば死に続けることになるのは歴然たる事実です。子供の誕生はその死と同じように明らかに出来事です。こうなると、「死に様」、「生き際」が言葉として間違いなのではなく、生と死が状態と出来事のいずれとしても解釈でき、それが存在できることの表現として可能であることが納得できるのではないでしょうか。
このように見てくると、生と死には状態と出来事の両方の意味があり、それらを（公平にではなく、常識という偏見を入れて）組み合わせて考え、そして行動しているのが私たちだということがわかります。
