魔法の「ならば」:「論理的」な「ならば」、「因果的」な「ならば」

 私たちは前回、神の存在証明から数学的な無限に話を転じたのですが、自然哲学と結びついた形而上学にはどのような問題があるのでしょうか。それら問題は物理学の基礎に結びついたものが多いと述べましたが、そのような代表的な項目を列挙すれば次のようなものがあります。

実在、自然法則、時間、空間、因果性、時間の向き(過去、現在、未来)、決定論

これらのいくつかは別の機会に議論することにしますが、因果性や決定論を考える上で基本的な役割を演じる「ならば」という言い回しについてまず触れておかなければなりません。原因と結果が因果作用を構成するのですが、原因はその結果の十分条件である必要も、必要条件である必要もありません。つまり、原因と結果、前提と帰結の二つの関係は類似しているように見えても、根本的に異なったものなのです。私たちは前提と帰結の論理関係についてはある程度知っていますが、原因と結果の因果関係については思っているほどは知っていないのです。そこで、「ならば」の二義性について考えてみましょう。
[前提と帰結、原因と結果]
 「Aならば、Bである」という表現は単純ですが、原因-結果と前提-帰結の二つの(根本的に異なる)関係を二重に意味しています。それを次の例で実感してみて下さい。

(1) a + b = cならば、2c = a + b + cである。
(2)太郎が怒るならば、花子が泣く。

文(1)の「ならば」は論理的な「ならば」であり、前提a + b = cと帰結2c = a + b + cの含意関係を主張しています。実際、a、b、cが自然数や実数であれば、(1)は正しい文であり、含意関係が成立しています。それに対して、文(2)の「ならば」は因果的な「ならば」で、太郎の怒るという心理状態と花子の泣くという行為の間に因果的な関係があることを主張しています。二つの「ならば」の違いは極めて重要です。例えば、(1)の前提と帰結はそれらがいつ成立するかは考慮されませんが、(2)の二つの状態は時間的な制約を受けています。太郎が先に怒り、その後で花子が泣くのでなければ、因果関係は成立していません。日常的な表現である「ならば」が論理的、因果的の二つの意味を併せもつことは日本語だけの偶然的な特徴ではありません。英語でも「if then」は日本語と同じように二義的に使われています。

(問)「ならば」の因果的な意味と論理的な意味の違いを具体的に述べなさい。

 このような「ならば」の二つの意味は物理学と物理的な世界を考えてみると鮮明になる。例えば、力学の言明は数学を使って表現されています。運動方程式は論理的な「ならば」を使って数学的に変形され,解が見つけられます。一方,そのような運動方程式によって記述される物理世界の変化は因果的な変化であり、その変化は因果的な「ならば」で表現されます。ですから、数学が物理世界を表すのに役立つ理由の一つは、私たちがこれら二つの「ならば」を巧みに利用し,相互の関係をつけているからなのです。実に見事な綱渡りなのですが、概念上、二つの「ならば」は全く異なったものです。

(問)次の文章を読んで、因果的な「ならば」と論理的な「ならば」を見つけ出し、それらの使い分けがどのようななされているか説明しなさい。また、述べられている内容がカオス(chaos)に関わることから、線型性、非線型性、カオスを検索してそれぞれの内容を確かめてみて下さい。

「仮説とそこからの推論の例としてハエの人口動態について考えてみよう。仮説の効果的な適用と験証はモデルをつくり、具体的に記述、説明、予測することによって行われる。実際の観察から、ハエの個体数は前の年の個体数によって決まることがわかったとしてみよう。この事実はNt+1 = F(Nt)と表現できる。t年の個体数Nt がt +1年の個体数Nt+1を決める関係Fが、t年の個体数に関してt+1年にR倍になるとすると、Nt+1 = RNtとなる。これは線型(形)の方程式で、Rの値によって異なる変化を描く。だが、実際はハエの個体数が増えると次第に食物が減り、捕食される率も高くなり、単純な比例関係にはないだろう。そこで上の仮説の修正のため、(R – bNt)という関数を選んでみよう。係数bは集団が大きくなるにつれ成長率が減少する割合を示している。前の式を書き換えると、Nt+1 = (R – bNt)Ntとなる。この式は非線型で、不思議なことにR = 3.570のとき、それまでの安定した周期的なサイクルからカオス的な振舞いに変わる。この式はNtの値が一つ定まると、Nt+1の値も一つだけ定まるという意味で決定論的な式であるが、N0の値が僅かでも異なると、数世代後の個体数はすっかり異なってしまい、長期にわたっての正確な予測ができないことを示している。これが初期状態への鋭敏性といわれる特徴である。」