まずは、頭の体操

 何かに興味をもち、疑問をもち、それを考えることに関心をもつのが人の本性。それを9月からスタートさせるにあたって、頭の体操をしておくことにしよう。

 コンビニで買い物をし、代金が1004円と言われた。財布を見ると1000円札1枚、5円玉1個、それに1円玉が3個だった。残念ながら、1円玉は使えず財布に残ったままだと思いつつ、1005円払い、つり銭をもらった。つり銭は1円で、財布の中の使ってしまいたかった3枚の1円玉と合わせれば4円になるので、これ幸いにと4円を再度レジに出し、「きっかり4円あるので、これを出すから、先ほど払った1005円の5円は返して下さい。」と頼んだ。

(1)この遣り取りから、客と店のいずれが得をし、いずれが損をするかを説明しなさい。

(1)は単純な算数の問題で、小学生でも簡単に明確な答えを出すことができる。これはいわばeasy problemと分類されるだろう。

(2)0円の「0」と101円の中の「0」とは数字は同じ0ですが、何が違うのでしょうか。

個数や順序を指し示す数字「0」と、位取り記法で使われる数字「0」は違う。インドで発見された零は個数や順序の0でり、位取りを表現する0はインド以外でも使われていた。

さらに、話を簡単にして、財布に100円玉1枚、10円玉1枚、それに1円玉8枚、つまり118円ある。代金が109円と言われ、100円玉1枚と10円玉1枚を出した。1円お釣りがきて、1円玉が9枚になった。そこで、その9枚を出して、9円払うので先ほどの10円玉を返すように頼んだ。これは最初の問題の状況に似ているが、こんな話はいくらでも面白おかしくできるが、手元に100円玉1枚、10円玉1枚、1円玉6枚の場合だと、誰も上述のような話は思いつかない。そこで次のような問いが出てくる。

(3)どうして118円と116円という異なる条件は異なる反応を引き起こすのか、その理由を見つけなさい。

(3)は(1)や(2)とは異なる問いになっている。(1)、(2)、(3)の問いがそれぞれどのように異なる問いなのかを説明しなさい、と第4の問い(4)を出すなら、この問いは哲学の問いのもつ特徴をうまく表現している。(3)の問いがいわゆる認識論的な問いと呼ばれるだが、恐らく最も厄介な問いが(4)で、数字が大きくなるにつれ、問いが答えにくくなっていく。だが、生活世界では数字の小さいもの程役立つようである。