対称性と保存則

 物理学の真髄の一つとなれば保存則。エネルギーや質量が保存されることが大前提になって世界が考えられ、理解されてきた。この世界観をリアリスティックと呼ぶなら、それに対峙するのがロマンティックな「破壊と再生」の世界観。破壊と再生の際の真髄は模倣、進化にある。だが、何かをコピーする、真似る、模倣する、進化するといったエレガントな行為は物理学には表だって登場しない。物理学と化学の一部はとても無骨でくそ真面目、面白みがない世界であるのに対して、生物学はつくり、壊し、またつくることを繰り返しながら、何が生まれるかわからない、ハラハラする世界である。
<ネーターの定理>
 保存則(conservation law)は、物理化学的変化の前後で物理量の値が変わらないことを主張する。つまり、物理現象が時間的に変化していく際、考えているシステム内で、ある物理量の総和が変化しないのである。時間的な変化、因果的な変化は万物流転の基本であり、すべては変化し、止まることがないことになっているが、それでも変化しない物理量があるというのが保存則の主張である。月並みで正確な謂い方をすれば、万物流転は誤りで、ある物理量は不変ということである。
 ネーターの定理により、システムがもつ一つの保存則はシステムのもつ一つの対称性(symmetry)に対応することがわかっている。保存則と対称性の対応関係は以下のようになっている。

エネルギー保存則 ⇔ 時間の並進対称性(時間の向きに無関係)
運動量保存則 ⇔ 空間の並進対称性(空間の前後左右に無関係)
角運動量の保存則 ⇔ 空間の回転対称性
電荷の保存則 ⇔ ゲージ変換の対称性
(「エネルギー保存則が成り立つことと、物理法則が時間の過去、未来の方向に関わらず成り立つこととが同値である」というのが最初の表現の意味であり、他の三つも類似の意味である。)

 ネーターの定理は、システムに連続的な対称性が一つ存在するとき、それに対応する保存則が一つ存在する、と主張する。また、システムに連続的な対称性が存在するとき、それに対応する保存則が存在する。つまり、保存則と対称性は互いに他の必要十分条件になっている。
 では、どうしてシステムに連続的な対称性が成立すると、保存則が成立するのか。それを直観的に考えてみよう。円をその中心のまわりに回転させても、円の形は全く変化せず、不変に保たれる。これは円が回転に対して「対称性」をもつため。見方を変えれば、円がその中心のまわりに回転している場合、どのような方向(角度)から見ても、円の形が全く同じように見え、区別することができないということを意味している。このとき、回転による円の形の変化を私たちは認識できない。そして、回転による円の形の変化を認識することができないということは、回転の前後で「円の見え方」が保存されていると考えることができる。
 また、無限の長さの直線を直線の方向に平行移動させたとしても、直線の形は全く変化せず、不変に保たれる。無限の長さの直線を直線の方向に平行移動させても、直線の形が不変に保たれる(対称性がある)。これも見方を変えれば、無限の長さの直線が平行移動する場合、どのような位置から見ても、直線の形が全く同じように見え、区別することができないということを意味している。このとき、平行移動による直線の形の変化を私たちは認識できない。そして、平行移動による直線の形の変化を認識できないということは、平行移動に対する「直線の見え方」が保存されていると考えることができる。
 物体の運動についても同様の考え方が成り立つ。つまり、一様な空間中を物体が運動している場合、どの位置から見ても物体の運動が全く同じように見え、区別することができない。このとき、物体の運動の変化を私たちは認識できない。そして、物体の運動の変化を認識できないということは、物体の「運動量が保存」されていると考えることができる。
 また、等方的で特別な方向がない空間中を物体が回転している場合、どの方向(角度)から見ても物体の回転運動が全く同じように見え、区別できない。このとき、物体の回転運動の変化を私たちは認識できない。そして、物体の回転運動の変化を認識できないということは、物体の「角運動量が保存」されているということを意味する。
 同様に、一様な時間中を波が振動していた場合、どの時点から見ても波の振動が全く同じように見え、区別することができない。ここで、波の振動数はエネルギーを表すことを考慮すると、波の振動によるエネルギーの変化を私たちは認識できないことを意味する。そして、波の振動によるエネルギーの変化を認識できないということは、波の「エネルギーが保存」されていることを意味する。
 このように、対称性によって物体の運動が全く同じように見え、区別することができないため、物体の運動の変化が認識できないとき、物体の「運動の保存則」として観測される。これがネーターの定理の直観的なイメージである。
 数学と物理学の関係は密接であるが、その密接さは解析力学に結晶されていて、その解析力学の根幹にあるのがネーターの定理である。この定理によって、物理学の保存則は数学の対称性と見事に結びついている。
*アマーリエ・エミー・ネーター (Amalie Emmy Noether, 1882-1935)

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 少々オタクの退屈な説明になってしまったので、対称性について見方を変えて考えてみよう。対称性の有無は、数式が本物であるかどうかのチェックポイントになるのである。物理学者は、自分が作った数式が本物であるかどうかの最初の試金石として、「対称性」と「不変性」を考える。つまり、視点を変えても、その数式は変化しないかどうかである。数式に「対称性」があると、その数式は本物であると考える。なぜなら、数式が対称性を満たしていれば、相反する2つの要素を入れ換えても、その数式の形は不変のままとなるからである。数式の不変性が保証されると、その数式は「正しい」と判断できると言うことである。その実例として、次の例を挙げたい。

(1)まず最初の例は、マクスウエルの「電磁気学の法則」。そこには「電気力と磁気力」の対称性がある。両者は相反するもので、「電気力」は波動であり、遠心的であるが、「磁気力」は、物質であり、求心的である。ところが、両者は「コインの表面と裏面」を形成していて、切り離せない関係をもっている。つまり、電磁力や電磁波の発生の仕組みは、「電場と磁場」の連鎖から生まれる、ということを「マクスウエル方程式」は示したのである。すなわち、電場が磁場を生み、その磁場が次の電場を産む。つまり電場→磁場→電場→磁場という具合に、次々と「電場と磁場」の波が、空間を移動していくのが電磁波なのである。
(2)「マクスウエル方程式」によって、光も電磁波の1つであることが数学的に証明された。だが、マクスウエルは、自分が作った方程式の中に「光速度の不変性」を見い出すことができなかった。アインシュタインは、そこに「光速度の不変性」を見い出し、それを「光速度不変の原理」として位置づけ、さらにもう一つの原理である「相対性の原理」を加えて作り上げたのが特殊相対性理論である。そこには「時間と空間」の対称性がある。これが二番目の例である。彼は、時間と空間の対称性から「時空」という統一概念を作り、「時空は伸縮自在なものである」ことを発見した。
(3)第三の例は「一般相対性理論」の場合。そこには、「慣性系と非慣性系」の対称性、「加速度(見かけの力)と重力(実際の力)」の対称性がある。その結果、「一般相対性理論」は、左辺の「時空の曲がり」=右辺の「物質とエネルギーの量」という表現になる。相対性理論が本物であることは、GPSとカーナビへの利用、ブラックホール(宇宙の謎解明に不可欠)、重力レンズ現象(天文観測に不可決)等で証明されている。
(4)第四の例は、E=mc2という有名な式。この式には「エネルギー」と「質量」の「等価性」がある。その結果、両者は交換可能となり、エネルギーは永久に保存されることになる。その理由は、「目に見える質量」と、「目に見えないエネルギー」が、対称的だからである。だから、両者は交換しても、お互いにただその姿を変えるだけで、エネルギーの総量は、変化せず、不変となる。つまり、エネルギーが永久に保存されるのである。

 さて、その「エネルギーの保存則」を、「対称性の原理」から数学の式で導き出したのが、ドイツの数学者エミー・ネーター。「ネーターの定理」(1918年に発表)として有名である。アインシュタインはネーターに対し、「物理学にもっとも価値ある貢献をした数学者」と賛辞を贈っている。数式そのものは極めて難解だが、内容はシンプルそのもの。「ネーターの定理」とは、系に連続的な「対称性」がある場合には、それに対応する「保存則」が存在する、というものである。保存則とは、お互いの相互作用により、個別的な量は、変化するが、全体的な総量は変化しない、という法則のこと。そして、この逆も真である。すなわち、「保存則」が存在する場合には、そこには必ず「対称性」というものが存在する、ということ。このように、「対称性」と「保存則」は、お互いにコインの「表と裏」のような同値関係で結ばれている。

対称性があれば、そこには保存則があり、その逆も成立する。

 なぜ地球は、自転できるのか、なぜ電子は、自転(スピン)できるのか、それらのエネルギーは、なぜ枯渇しないのか。そんなエネルギーを保存させ、枯渇させない仕組みが、「対称性の原理」である。すなわち、「プラス電荷とマイナス電荷」の対称性、「N極とS極」の対称性、「電場と磁場」の対称性、「時間と空間」の対称性である。さらに、「位置エネルギーと運動エネルギー」の対称性である。それらの「対称性」を保証しているのが、「エネルギーの保存則」であり、「電荷の保存則」であり、「角運動量の保存則」というものである。地球上で生命が存続できるのも、それらの「保存則」があるおかげである。