目的:物語の重要な要素

 私たちの生活世界を私たちは物語として理解しながら生きています。物語は科学的な説明と違い、原因と結果、目的と達成の二つの原理から成り立っている説明です。人の一生も物語ですから、そこから歴史も物語であることが想像できます。「親子、家族、人生、目標、…」などはこれら二つの原理の下で意味をもつもので、生き物の世界の原理といっても言い過ぎではないでしょう。一方、科学的説明の原理は前提と結論の論理的な原理です。通常、原因と結果を使った説明は科学的と呼ばれていますが、この意味での因果的な説明は歴史まで含むものではありません。目的を使って行われる説明は生物や生命現象、人の行為に対する説明としてアリストテレス以来使われてきたものです。ギリシャ時代以来目的を使った説明を支える目的論(teleology)は世界のあらゆる現象、出来事に適用されてきました。科学革命までは目的論こそ世界の説明の基本原理だったのです。例えば、次のような植物の棘についての説明がその目的論的な説明の代表的なものなのです。

 サボテンは、雨が少なく、昼は暑く、夜は寒いといった砂漠のような厳しい環境の中で生きている植物です。サボテンの変わった体は、そのような悪条件で育つのに都合よくできています。皮が厚いために水分は蒸発しにくく、その皮の内側には水や栄養分を貯め込んでおくことができ、その棘のおかげで、動物に食べらずにすんでいるのです。

 バラにも棘がありますが、その理由は(1)外的防御説:香りのよい綺麗なバラは色んな獣や小動物たちに狙われます。そのための防御として、葉っぱの付け根に棘があるのは特に大切な芽を守るためです。(2)ピッケル説:薔薇は太陽の光が大好きで、そのため高いところに上るのが本能。周りの植物にピッケルの形をした棘でひっかけて上っていくためです。(3)ラジエーター説:暑さをしのぐためで、棘が枝の表面にいっぱいあり、風が吹くたびに枝の温度が下がり、暑さをしのげるのです。

 カラタチは中国北部あるいは中部を原産地とするミカンの仲間。柑橘類ではもっとも寒さと病気に強いことで知られています。枝には長さ5センチにも及ぶ鋭い棘があり、防犯を目的に垣根としてよく利用されます。かつては畑や農家の境界などに使われ、童謡(「カラタチの花」北原白秋作詞、山田耕作作曲)にも歌われましたが、棘の扱いが厄介なことや他にも棘のある樹種が知られるようになり、近年では見かけなくなりました。

 このように生物の体表に棘がある例は沢山あります。多少とも硬質化した素材によって作られていて、表面から突き出した棘はその体を保護することを目的とすると考えられます。生物の持つ棘は何かしら体の一部が変形した器官です。アメリカアザミやヒイラギの葉はそのような変形の代表例です。

 棘があることによって目的が達成できることから「棘の存在する目的」が見つかり、棘を使った説明ができ上ることになります。こんなところが棘の目的論です。そして、このような説明が棘物語であり、とりわけ生命現象についてはこのような説明が今でも行われています。その棘物語を科学化しようとしてできた進化生物学では物語をモデル化して説明しようとしています。ダーウィン以来、「適応した結果としての棘」が棘の目的の因果的な解釈として採用され、トゲの進化的(歴史的)説明となっています。

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バラの棘

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カラタチの棘

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アメリオニアザミの棘

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ヒイラギの棘