謎と疑問の海に漂う私たち

 英国のジョンソン首相は10日、新型コロナウイルス感染防止のために約7週間前に導入した外出制限を慎重に緩和する計画を発表。ロックダウンを解除する時ではまだないとし、コロナ対策を慎重に変更するための最初の一歩を踏み出すと説明した。そのためのスローガンは「ステイ・ホーム」から「ステイ・アラート(要警戒)」に変更。さらに、新たに専門部局を設置し、「新型コロナウイルス警戒制度」を導入する。新型ウイルスが国内から消失した状態のレベル1から、最も危険な状態のレベル5まで5段階に分類し、主に実効再生産数(R)と新規感染者数を基に、その時点でのレベルを判別。これまでの規制はレベル4に該当し、現在は「レベル3への段階的な移行を開始する局面」としている。

*Stay homeとStay alertはどう違うのか、レベルの分類基準は何か、など質問の山。

 ロックダウンの一部緩和を進めるドイツで、緩和開始からわずか数日で感染者数が増加。ロベルト・コッホ研究所(RKI)によると、実効再生産数が現在は1を超えているという。一方、ロックダウンの完全解除を求める数千人ものドイツ市民が9日に全国各地でデモを行った。RKIが9日に公表した報告書によると、実効再生産数は1.1、翌10日には1.13に増えた。実効再生産数は過去3週間、ほとんど1を下回っていた。RKIは、この推計には「不確定度」が含まれており、今後数日間は数値を注意深く観察しなければならないだろうとしている。また、「過去数週間の間にみられた感染者数の減少傾向が今後も続くのか、あるいは再び増加するのか」は、まだ評価できないとしている。

*数値と一部緩和がしっくり噛み合っていないのはどうしてなのか。

 これらの対応を見てくると、日本が新型コロナウイルスにうまく対処しているのか、誰もが他国と比較したくなる。その時には注意が必要。基本となるデータは同じ種類なのかを確認する必要がある。まず、死者の集計。死者の記録方法は、国によって違う。例えば、フランスは、毎日発表する人数に介護施設で亡くなった人を含めている。一方、イギリスは4月末まで、病院で死去した人数だけを発表していて、4月29日から介護施設や自宅での死者数も含めるようになった。死因をどう判定するのかについても、一致した国際基準がない。また、感染者を数えるのにウイルス検査を受けている必要はあるのか、それとも感染の疑いがあると医師が診断すれば十分なのか。ドイツでは介護施設の死者については、ウイルス陽性と判定された場合に限り、数に含めている。一方ベルギーでは、疑いありと医師が診断した死者は全て、新型ウイルス関連死に含めている。では、新型ウイルスが主な死因でなくてはならないのか、または死亡診断書に何らかの記載があればいいのか。

 死者の割合に大きな注目が集まっている。だが、これも様々な数え方がある。1つは、感染が確認された件数に対する死者の割合だ。ウイルス検査で陽性と判定される人のうち、何人が死ぬのかが致死率である。だが、そもそも検査の対象が国によって大きく違う。イギリスは、病院に入院するほどの症状が出ている人を主に検査している。そのため、より広範に検査を実施している国より、致死率はずっと高くなり得る。たくさん検査をすればするほど、陽性でも軽症な人や、症状のまったくない人の数が増える。感染者における致死率は、人口全体を分母にする死亡率とは別物。

*異なる国を比較するには数量がわかりやすいのだが、その数え方は様々で、統一した基準がほしい。

 では、数字の比較から、役立つ情報は得られるのだろうか。国によってなぜ状況が異なり、打撃が比較的軽い国があるのはなぜか。そこから何が学べるのか。それが知りたいこと。これまでのところ、検査がもっともわかりやすい手本。ところがその検査数が極端に少ないのが日本。4月7日に7都府県に緊急事態を宣言し、同16日には全国に対象を拡大。PCR検査をしていないのに国内の感染状況がわかるのかというのが素人の素朴な疑問。日本はPCR検査の数を絞ってきたと言われているので、4月に入って感染者数が増えたのは、PCRの検査数が増え、感染者数が増えたのではないかという疑問が当然起こる。となれば、日本で市中感染が急増しているのだろうかという疑問が続く。

*そこで「超過死亡」という概念を使おう。超過死亡はインフルエンザが流行したことによって総死亡がどの程度増加したかを示す推定値で、 死因は問わない。この値が、 直接および間接にインフルエンザ流行によって生じた死亡であり、 もしインフルエンザワクチンの有効率が100%であるならば、 予防接種をしていれば回避することができたであろう死亡者数を意味する。インフルエンザの流行によってもたらされた死亡の不測の増加を、インフルエンザの「社会的インパクト」の指標とする手法について多くの研究がなされ、現在の国際的なインフルエンザ研究のひとつの流れとなっている。

 データベース「欧州死亡率モニター(EUROMONO)」によると、全死因の超過死亡の人数は、3月下旬~4月中旬)に、週1万8千~2万1千人で推移(直近の16週は約1万人)。集計のタイムラグで、今後さらに増える可能性もある。インフルエンザが流行していた2018年のピーク時でも、週1万1千人超だった。

 日本の場合は国立感染研の5月4日の東京の超過死亡のデータがある。(https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/2112-idsc/jinsoku/1852-flu-jinsoku-7.html

 8週目まで低下していた実際の死亡数が、9週目にかけて急激に跳ね上がり、閾値を突き抜けている。閾値は予測値の上限ですから、予測値以上の死亡数が発生していることがわかる。そして、説明は「超過死亡がありました」とあるだけ。

 今年の1月半ばよりインフルエンザの流行は勢いを失い、2月以降は昨年の4分の1以下。だが、8、9週には超過死亡が確認され、例年以上に多くの方が亡くなっている。この頃から日本国内で感染が蔓延し始めていたと推測できる。超過死亡の数字をみれば、このような形での死亡は、2月から起こっていた可能性がある。専門家会議は4月15日の記者会見で、対策がなければ最悪の場合、40万人以上が死亡するというシミュレーション結果を発表し、「感染拡大の防止には人との接触を減らすことが有効だ。外出を極力控えて人との接触をできるかぎり避けてほしい」と求めた。だが、その際のデータやモデルは私たちには知らされていない。また、専門家会議が認識を示しているように、新型コロナウイルスの特徴は無症状の人が多く、彼らが周囲に感染させることだ。致死率は低いが、感染者が多いため、死者数は増える。かつて、日本は、このような感染症と対峙したことがない。日本の法律が念頭においてきたのは、コレラチフスなど古典的な感染症。このような伝染病は潜伏期が短く、下痢など特徴的な症状を呈する。患者の診断は容易で、見落とすことは少ない。感染者を隔離し、周囲をスクリーニングするという「クラスター対策」で対応できた。この方法は新型コロナウイルスには通用しにくい。クラスターをいくら探しても、見えない患者を網羅することがとても厄介だからである。

新型コロナウイルスとその感染症がどのようなものかがはっきりわからないと法律をつくる、法律を適用すること自体がうまくいかないようである。