偏見と差別に翻弄され続ける因果なPCR検査など…

 こんなPCR検査に誰がしたかと問えば、その答えはどうなるのか。私のような老人は、どこでも「伝染病」は避けるべきもので、近寄らないのが得策と教えられてきた。そのための隔離が差別につながり、結核ハンセン病、そして最近はHIVなどがその代表例だった。差別や偏見は隔離を効果的に行うための心理的装置だったのだが、それが今でも隠然と残っている。

 新型コロナウイルスは、ヒトに感染する7番目のコロナウイルス。これまで確認されたヒトに感染するコロナウイルスのうち4種類は普通の風邪、残り2種類はSARSとMERS。7種類のコロナウイルスは上気道感染を起こすという点で同じだが、SARS、MERS、新型のコロナウイルスは、気道感染から肺炎まで起こす重症者が多く発生し、時に死に至ることが特徴。SARSの致死率は9.4%、MERSは34.4%。新型コロナは3,4%程度とみられるが、症状の悪化するスピードはSARS、MERSより速いようである。また、無症状で感染を拡大させる忍者のようで、完全な封じ込めはとても厄介。感染者が全員重症になるなら、治療や隔離がスムーズにできるが、軽症や無症状の人は発見が難しく、感染が広がりやすい。新型コロナが「普通の風邪」のように人類と共存するのか、それとも、撲滅されるのか、まだ答えはわからない。人類は免疫を持っていないので、自然に感染が終息して目立たなくなるには、60-70%の人が感染する集団免疫ができなければならないと言われている。ただ、ワクチンができれば、天然痘のように(時間をかけて)撲滅できるかも知れない。

 毎日の報道はこんな一般的な話より政府への批判が多い。その生贄に晒されているのがPCR検査。「PCR検査に諦めずに辿り着く」といった表現が誇張ではなく、ほとんどの人は本当だと思っている。厚労省PCR検査を医療行為としてではなく、感染拡大を抑える「疫学調査」と位置づけたところから、紆余曲折の議論が続いている。「積極的疫学調査」なる用語は医学や医療に馴染の薄い人には謎の用語。多くの人は診断と治療のための検査の一つがPCR検査だと思っているが、実は疫学調査のための検査の一つ。兎に角、PCR検査数が増えないという謎は未だに謎のまま。そこで、感染研や専門家会議の文書の一部を日付順に並べてみよう。文章は私が勝手に改ざんした。要約のためで、謝っておきたい。

(3月1日)

「積極的疫学調査とは、感染症などの色々な病気について、発生した集団感染の全体像や病気の特徴などを調べることで、今後の感染拡大防止対策に用いることを目的として行われる調査」で、新型コロナウイルス感染症においても、感染の急速な拡大を防止するために、感染研をはじめ、公的な機関の職員らが連携して、全国各地で実施。クラスター対策班の指示により、国立感染症研究所等の職員7名が北海道に派遣され、積極的疫学調査に従事したときの考えはつぎのようなものだった。具体的な活動は、PCR検査によって感染が確定した人の接触者に何らかの症状が出た場合に、PCR検査によって感染の有無を確定すること、感染があることが確定すれば、次の感染伝播を防ぐために、その人の接触者に対して、行動の制限を依頼することで、感染伝播の状況を把握することを目的とした、積極的疫学調査における一般的な考え方は、体調を崩して医療機関を受診する患者に対するPCR検査についての考え方ではない(では、最初のPCR検査はいずれの検査なのか)。クラスター対策のための調査におけるPCR検査は医療行為としてのPCR検査とは異なるという立場だが、実際のPCR検査実施の担い手は保健所、地方衛生研、感染研、さらには病院で、何ら変わりはない。

(3月6日)

PCR検査が6日に保険適用となった。利点は多くの国民がPCR検査を受けられるようになるため、新型コロナウイルスに感染しているかどうかを早期に発見することができることと言われたのだが、では「それまでは誰が検査を受けられたのか」には誰もはっきり答えてくれなかった。医療機関は、帰国者・接触者相談センターを経由しなくても、検査を実施できる施設(帰国者・接触者外来等)に紹介可能となるなど、医療機関側が検査の有無を判断して検査をすることができるようになると言いながら、誰でも受けやすくなったことで、PCR検査を受けたいという方が医療機関に押し寄せるため、医療機能が麻痺したり、本当に検査をするべき方が検査を受けられなくなったりする可能性も懸念されていると釘をさしている。

(3月19日)

PCR検査について 新型コロナウイルス感染症においては、医師が感染を疑う患者には、PCR検査が実施されることになっている。また、積極的疫学調査において検査の必要性がある濃厚接触者にもPCR検査が実施される。このように適切な対象者を検査することで、新型コロナウイルスに感染した疑いのある肺炎患者への診断・治療を行っているほか、濃厚接触者の検査により、感染のクラスター連鎖をとめ、感染拡大を防止している。すでに、検査受け入れ能力は増強されており、今後も現状で必要なPCR検査が速やかに実施されるべきと考えている。今後は、わが国全体の感染状況を把握するための調査も必要。声は正しい記述だったろうか?

(3月23日から4月にかけて)

PCR検査は、未知の感染症を封じ込めるために行う「積極的疫学調査」の一環として、国立感染症研究所(感染研)が示す「積極的疫学調査実施要領」などにもとづいて保健所が判断する。その要領によると、濃厚接触者であるかどうかは、患者であることが確定した人と同居する家族らや、車に同乗するなど長時間接触した人、適切な感染防護をせずに患者を診察や介護するなど医療や介護の従事者、感染予防策なく、目安として1メートル以内で患者と接した人などが対象とされている。

(4月22日)

PCR 等検査体制の拡充について

都道府県等は、地域の医師会等と連携して帰国者・接触者相談センター業務の更なる外注や委託の推進により、できる限り保健所の負担を縮小化できるよう工夫する。また、 政府及び都道府県等は、検体の送付先として、民間検査機関の更なる活用を推進する。都道府県等は、地域の医師会等と連携して、保健所を経由しなくても済むように、帰国者・接触者相談センター業務の更なる外注を推進するとともに、大型のテントやプレハブ等の設置や地域医師会等と連携した地域外来・検査センターの設置など、地域の実 情に応じた外来診療体制を増強する。PCR 等検査の速やかな拡充に向けて、知事主導で、医療機関等の関係機関により構成される会議体を設けること等により、検査の実施体制の把握・調整等を行う。また、今後、帰国者・接触者相談センターを経由しない検査の増加が予想されることから、都道 府県等は、帰国者・接触者外来並びに(保健所が関与しない)検査センターにおいて、検査陽性が判明した際にその振り分け(宿泊施設あるいは自宅における健康観察、体調が変化した場合の入院の誘導)を担える体制の整備を図っていくことが不可欠である。

(5月1日)

PCR 等検査の拡充

政府は、感染者の迅速診断キットの開発等による早期診断、早期把握に向けて、PCR等検査体制の拡充に努めていかなければならない。「徹底した行動変容の要請」を、一定程度緩める方向で検討するのであれば、なおさら、この感染者の早期把握の能力をあげていくことが重要である。また、今後、中長期の対応を見据える中で、より簡便な検査手法の開発と診療現場での使用に向けて全力で取り組むべきである。他方、その使用に当たっては、 特性と限界を考慮することも求められる。

 このように文書を適当にコピペして並べてみると、PCR検査の調査と診断という二つの役割が微妙に変化してきて、コロナ治療における「検査と隔離」の二本柱の一つになって行く過程が浮かび上がってくるのではないか。この日本風のぼんやりした概念変化に苛立つのは岡田先生だけではないだろう。

 もう一つは実効再生産数などのモデル装置についてである。どのような科学的な根拠に基づいて感染症対策が立てられ、それが緊急事態宣言に至るのかが素人にもわかるように説明されていないことである。5月1日に会見した尾身副座長は「新規感染者が減少していることは間違いない」との認識を示した。実効再生産数は全国で2.04(3月25日)から0.71(4月10日)、東京では2.64(3月14日)から0.53(4月10日)に減少していると説明。拡大の目安となる1を下回った。
 4月10日は緊急事態宣言が出た日で、全国0.71、東京0.53なら宣言を出した理由は何なのかわからなくなる。実効再生産数について尾身先生は「クラスターと濃厚接触者から出した数値」としていたが、「Rノートですね」と呟くのが聞こえたりすると、とても不安になり出す。実効再生産数や倍加時間等々が登場してきたが、やはりどのようなモデルを基本に感染現象を捉え、予測や説明をしているか簡単に述べる方がいいのではないか。だが、誰にもわかる説明は意外に難しい。西浦先生の工夫された、易しい説明を待ちたい。Web上にはSIRモデルやSEIRモデルの説明やシミュレーションがいくつかあるし、大学の1年生に対する講義の中にさえあることが最近わかった*。これをそのまま提示したのでは正直過ぎて、理系の大学生以上にはわかっても普通の人にチンプンカンプンで、お叱りを受けること必至である。そこで、工夫が必要になるのだが、説明を受けた役人が普通の人を納得させる表現を見つけてくれるのではないか。

 PCR検査を唾液を使って行う、抗原検査、抗体検査キットなど新しい方法が出てきている。3日に神戸市立医療センター中央市民病院は、外来を受診した患者1000人の血液を検査したところ、およそ3%が過去に新型コロナウイルスに感染したことを示す抗体を持っていたと発表。同病院は、このデータをもとに神戸市民のおよそ4万人が先月7日の時点で感染していた疑いがあるとしている。この話を聞くと、少し前の慶應病院でのPCR検査を思い出す。そこで、慶應病院のその後の検査を調べてみた。劇的な結果はないが、次のものを参照してほしい(http://www.hosp.keio.ac.jp/oshirase/important/detail/40185/)。

*南就将、感染症流行の数理モデル-大学初年次で学ぶ数学の応用例-、Hiyoshi Review of Natural Science, Keio Univ. No.58, 33-51, 2015 (core.ac.uk/download/pdf/145782301.pdf)