狐につままれた老人

 役所の表現によれば、「緊急事態宣言」とは「全国的かつ急速なまん延の恐れのある新感染症に対する対策の強化を図り、国民の生活と健康を保護し、国民生活や国民経済に及ぼす影響が最小となるために行うもので、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づいている。」緊急事態措置の内容は、「不要不急の外出自粛の要請」、「遊技場や遊興施設などの使用制限の要請」、「病院などの医療機関が不足した場合の臨時医療施設の開設」など。何とも難しい日本語で、悪文の典型だが、感染症の流行時に国が国民に要請し、医療施設をつくることができることを定めている。

 安倍首相はこの特別措置法に基づく緊急事態宣言を7日に発令。感染が急拡大している東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県が対象で、実施期間は7日から5月6日までの1か月。宣言が出たことによって、7都府県の知事は外出自粛などの要請をする法的な裏付けを得たことになるが、米欧では強制力のある外出禁止令を出してきた。日本の外出自粛要請は強制力がなく、そのため人々の自主的な対応が不可欠で、今回の宣言によって感染爆発を防げるかは全く未知数。首相は今のペースで感染拡大が続けば、感染者が2週間後に1万人、1カ月後には8万人を超えるとの見通しを示し、緊急事態を1カ月で脱出するには人と人との接触を「最低7割、極力8割」減らすことが必要だと協力を求めた。この要請は専門家会議の意見にほぼ従ったもので、それは既に私が述べてきた通りのものである。

 ところが、既に外出自粛を要請されていた東京や大阪の人たちにはどんな具体的な方策が出されるのかと身構えていると、何と「不要不急の外出自粛の要請」によって事態がどう推移するか観察して、それで次の手を打つというのだ。拍子抜けで、狐につままれたようだと感じた都民、府民が多かったのではないか。既に外出自粛を要請してきた東京都は政府の反応の鈍さにびっくり仰天。それですったもんだの話し合い、調整となったのだろう。決着したとはいえ、それによって政府の姿勢がすっかり国民に浮き彫りになってしまった。政府の姿勢は正に東洋の神秘で、新型コロナウイルスとの本格的な戦争をまずは様子見から始めるというものだった。

 8割の接触カットの具体的方法をなぜ政府は示さなかったのか。専門家会議のメンバーは政治家でも役人でもない。8割削減はモデル上の数字であって、それを生きた社会の中でどのように実現するかは専門家でなく、むしろ政治家と役人の仕事である。10割の接触カットなら明白で、完全な孤立あるいは隔離である。街全体を隔離病棟にして、武漢のように孤立化させることである。それを避けようとするにしても、擬似的な隔離病棟、それに準じる仕方で管理しないことには8割カットの達成は困難である。一人一人が自ら隔離状態をつくることはできないから、それを何とか工夫するのが政治家と役人の仕事になる。「感染する、感染させる」の両方を起こさないようにするために、個人レベルだけでなく、集団レベルの工夫が求められる。集団としての工夫を実現するには個人の権利を一時的に無視する必要が出てくるため、政治家と役人の権力が必要になるのである。経済重視のこの国の政治家や役人は人命重視をどのように実現するのか、それを注視しているのは欧米諸国だけではない。日本国民もしっかり見ているのである。多くの国民は、政治家よ、戦士として矢面に立て、と応援する筈である。医療の戦士と並んで、政治の戦士にもエールを送るだろう。
 手洗いやマスクの身体的な注意、三密を避ける行動上の注意、正しい情報の周知徹底をテレビで何度も流し、テレビ番組の内容をより実践的にすることも忘れてはならない。PCR検査の少なさ、医療の崩壊などを議論し、不満を述べるより、感染爆発に対する身構えをしっかり伝えるべきである。日本の最初の戦いはクラスター潰し戦略だったが、そのもぐら叩きが多すぎて通用しなくなれば、次の手は社会的距離をとることによる接触の8割カット。それを実行しながら、検査と隔離による治療を着実に行えるように医療システムを急いで整えることである。欧米では新型コロナウイルスとの戦争だと認識されているが、私たちもそう思って戦う必要がある。