緊急事態宣言を聞きながら

 4月3日、在日アメリカ大使館が訪日アメリカ人に帰国準備を促した。(1)日本の検査体制は不十分で、新型コロナウイルスの感染状況が把握できず、(2)感染者が急増中で、日本の医療体制が機能しなくなる恐れがあり、(3)これまでのような医療が受けられなくなるので、直ちに帰国の準備をすべきというものだった。日本の医療崩壊を予想して、アメリカ人に早期の帰国を呼び掛けたものだった。帰国した方がずっと危険ではないのか、というのがほとんどの日本人の素直な感想だったろう。では、日本はこれまでどんな対策をとってきたのか自問自答してみると、もっぱらクラスター潰しだった気がしてならない。だが、もう一つ特徴的な点があった。

 それは、新型コロナウイルス感染症についてのデータをもとにした数理モデルの活用である。そこでは感染者数や致死率などに加え、「基本再生産数R0」がよく登場する。感染症の流行は一人の感染者が何人かの人に感染させるという事象が繰り返されることによって指数関数的に増加する。流行の早さを決めるのは、基本再生産数と一度感染が起きてから次の感染が起こるまでの時間の長さ。基本再生産数は、その病気に免疫を持つ人がおらず、病気に感受性がある集団の中で、一人の感染者から何人に感染が起こるかを示す数。それが1より大きければ流行が発生する。本来は人口の増加や減少を議論する人口学の指標。基本再生産数は疫学的な調査データから計算される。調査でわかる感染者の割合や、感受性を持つ集団の大きさをどう見積もるかによって数値が変わる。1回の計算ではなく、最新のデータを入れて数理モデルを更新し、計算し続ける必要がある。感染症への対策によってこの数値は変わる。基本再生産数は(1)感受性がある集団の大きさ、(2)感染の成功率、(3)感染が続く期間の長さ、の三つの要素が掛け合わさっている。例えば、ワクチンが完成して接種率が上がると(1)が減少する。手洗いや社会的距離が守られれば(2)が小さくなる。基本再生産数を含むモデルの計算結果を公衆衛生の施策に生かすことは今回顕著になっている。数理モデルに立脚すれば、説得力のある施策を打ち出せるのだ。今回の緊急事態宣言を出した理由も正にこの数理モデルにある(人と人との接触を避けることによって(2)の感染の成功を阻止しようというもの)。

 そんな数理モデルに基づく少々お節介に見える指摘がインペリアル・カレッジ・ロンドンが3月26日に発表した調査報告書。報告書はブラジル全人口の75%を自宅隔離する厳格な新型コロナウイルス感染防止強制措置を行うなら、最大で入院者は25万人、死亡者は4万4,000人にそれぞれ抑制できると予想する。ブラジル国内では3月28日時点で27州中24州が厳格な強制措置を講じている。一方、報告書は高齢者のみを対象に感染防止強制措置をとると、1,200万人が感染、320万人が入院、重症者70万2,000人となり、死亡者数は53万人になる。イベントの禁止や人の接触・往来制限など柔軟な感染防止強制措置を行うなら、1,220万人が感染し、350万人が入院する。重症者は83万1,000人となり、死亡者数は62万7,000人になる。そして、強制的な感染防止措置を全く行わないなら、総人口の88%に相当する1億8,800万人が感染。620万人が入院。重症者は150万人、死亡者は115万人に達する。何とも強烈な数字が次から次へと並ぶ。

 ブラジルでは急激な感染拡大を受けて各州政府・市当局がロックダウン(都市封鎖)を実施した。これに対して、ボルソナーロ大統領は経済の混乱を防ぐとの理由で各州政府の厳格な強制措置を批判し、国内では医療か経済かの対立が生じている

 このインペリアル・カレッジの調査報告書は感染防止措置の度合いに応じた四つのシナリオで世界各国の感染状況を予測している。同報告書の結論は、各国政府が診断テスト、患者の隔離、ウイルスの蔓延を防ぐための社会的距離の確保など厳格な措置を早期に講じれば、死亡率は95%減少し、計3,860万人の命が救えるというもの。

 今回の緊急事態宣言の理由はこのインペリアル・カレッジの結論に通じるものであり、社会的距離をとり、人と人との接触を8割ほど減らすことが求められている。