社会距離を置く(social distancing)

 ワクチンがまだなく、薬も試行錯誤の状態では実効再生産数Rを1未満にするための方策は、R=(1-e)R0ですから、eは感染しないための私たちの工夫を数値したものということになります。

 

無免疫者数の変化=-感染する比率×発症者数×感染者数

感染者数の変化=感染する比率×発症者数×感染者数-回復する比率×感染者数

回復者の変化=回復する比率×感染者数

 

これをさらに詳しく表現すると、

 

無免疫者数の変化=-感染する比率×発症者数×感染者数

感染者数の変化=感染する比率×発症者数×感染者数-感染者数/潜伏期間

発症者数の変化=感染者数/潜伏期間-発症者数/感染期間

回復者数の変化=発症者数/感染期間

 

これらの等式はどれも特別の法則や原理を使ったというものではなく、発症や感染、回復や潜伏の概念を常識的に認めれば、それらの間の算術関係でしかありません。物理学の法則や遺伝子配列の規則などとは違って、数学の計算規則を使っているだけです。でも、これらの関係を継時的に正確に計算して、連続的な変化として捉えようとすると、非線形微分方程式のシステムを使うことになります。とはいえ、私たちがシステムのどこにどのように介入できるかが明白で、その介入結果も知ることができます。むろん、適応される系の最初の条件や、開放系であるゆえに、正確さには限度があります。

 さて、今の場合、私たちが介入できる方法はワクチンと社会距離(日本では行動変容)です。社会距離の基本は他の人たちとの接触を避け、引き籠りの生活、封鎖された中での生活ということになります。兎に角、人との接触を避けることになります。社会距離を置くことは、日本で「行動変容」と呼ばれているもので、不要不急の外出を避けること、多くの人が集まるところを避けること等が「社会距離戦略」の具体例となります。

不要不急の外出を控え、人が集まるイベントや集会を禁止するのが社会距離戦略です。日本では自粛の要請によって行われていますが、この戦略によって、インフルエンザなどの感染症も抑えられているらしいことが判明しました。
 Kinsa Healthはスマート体温計を販売している医療機器メーカー。同社はスマート体温計と連携しているスマートフォンアプリを介して、多数の体温測定データを蓄積しています。このデータは過去にインフルエンザ流行の予測に使われ、感染症の流行を高い精度で予測できることが確かめられています。新型コロナウイルスの影響により、2020年3月までの体温のデータは、例年のインフルエンザシーズンの2~3倍に上るとのこと。そこでKinsa Healthは、発熱など新型コロナウイルス感染症の症状がインフルエンザと似ていることに着目して、新型コロナウイルス対策が感染症の流行にどのような影響を及ぼしているかを調べました。「インフルエンザのような症状を呈するアメリカ人の割合の予測値」は、3月19日から3月23日にかけて4%から3.7%に推移しているのに対し、2020年の実測値は、3月19日は4.9%でしたが、3月23日には3.3%に急落しています。インフルエンザのような症状がわずか4日間で1.6%も減少したことについて、症例数の極端な低下は、社会距離戦略が期待されていた結果と一致していたのです。

 アメリカ、ヨーロッパで大々的に行われている「社会距離戦略」が新型コロナウイルスを含めた感染症予防に一定の効果をもつことがわかったとはいえ、ひとたび流行が拡大すれば発熱する人の数は急増します。社会距離戦略は病気の蔓延を遅らせることはできても、完全に食い止めることはできません。社会距離戦略は流行のピークを低め、遅らせることの一つの戦略で、長期間感染症と付き合い、辛抱しなければならないのです。