実在、感覚、そして、言葉の間で(1)

・あること、存在すること、実在すること

・感じること、見えること、聞こえること
・述べること、表現すること、話すこと

 

 これら三つの項目の間で何が同じで、何が異なるのか。あるいは、何が主で、何が従なのか。これら三つの項目が意外にも考えるべきことの宝庫になっていて、それらを大袈裟に表現すれば、存在(存在論)、感覚(知覚論)、言葉(言語論)の間の関係であるとなり、その関係を知ることが、何と20世紀以降の哲学の課題となってきた。
<名前の本性>
 妙高山は「妙高山」でなければ腑に落ちず、深川は「深川」と呼ばれてこそ深川だと大抵の人は断言し、納得する筈です。ですから、富士山は「富士山」でなければなりません。名前はものやことにつけられ、それを指示するにも関わらず、そのものやことの本来の性質を表す必要はないのです。「猫」はネコを指しますが、ネコの性質などもっていませんし、「Cat」も「猫」もネコの性質ではありません。イヌやネコの名前は一般名詞ですが、これは固有名詞の場合も同じです。私の名前は固有名詞で、私と私の名前の関係は独特のものです。地名はつけられた街や地方の性質である必要はありませんし、山や海の名前も山や海の性質をいつも表現している訳ではありません。ですから、ものやことの名前は偶然につけられても、そのものの性質を表すようにつけられても、いずれでも構わない、ということになります。
 固有名詞は、ある時、誰かによって命名され、それが社会での因果的な変遷を経て現在に至っています。その過程が固有名詞の意味だと考えると、固有名詞は最初の命名という歴史的偶然とその後の因果系列の二つからなっていることがわかります。そんな観点から「深川」がいつ誰が命名し、どんな経緯を経て現在に至ったのか確認してみましょう。
 徳川家康により天正18(1590)年から開削が進められていた小名木川の北側を開拓したのが摂津出身の深川八郎右衛門。慶長元(1596)年に深川村ができます。材木商人として財を成した紀伊国屋文左衛門も一時住み、曲亭馬琴はこの地で生まれ、松尾芭蕉は深川から旅立ちました。1878年東京15区の一つとして深川区ができ、1947年に城東区と合併し、現在の江東区となります。その江東区に今は私も住んでいます。
 こんなところが「深川」の意味ということになりますが、北海道にも深川市があり、少々気になります。でも、江東区の深川とは無関係というのが答えです。北海道の「深川」は東京深川から移住した開拓民に由来するという話を広めたのは故司馬遼太郎の紀行文『街道をゆく』第15巻「北海道の諸道」の記述です。彼は深川市に来て、深川市の人々の一部は東京の深川出身だと言われたのを思い出し、それを記したのです。あの司馬遼太郎が書いたのなら、大抵の日本人は文句なく信じてしまいます。名前の因果的経緯の中に誤りが紛れ込んだということですが、これは固有名詞の宿命のようなものです。
 深川の名前は、「徳川」なら幕府に却下されたでしょうが、「堀川」でもよかったはずです。いずれでもなく、開拓を指揮した深川八郎右衛門に因んで命名され、それが様々な因果的な経緯を経て現在に至っています。命名は偶然であっても、その後の経緯は、その名前に意味を与え、名前と指示対象の間に切っても切れない縁があるかのような演出さえしているのです。つまり、「経緯=歴史」が偶然を必然であるかのように変える演出をしているのです。そのため、深川は「深川」でなくてはならず、妙高は「妙高」と呼ばれなければならないと私たちは錯覚するのです。
*名詞が何を指示するかについての上述のような考えは、「指示の因果説(causal theory of reference)」と呼ばれ、クリプキ(Saul Kripke)によって最初に唱えられた考えに基づいています。

 折角ですので固有名詞の特徴をもう少し考えてみましょう。「認識論的必然性(アプリオリ性)と形而上学的必然性の区別」、「固定指示子」、「指示の因果説」などを提唱したのがクリプキです。第一の主張は、「宵の明星」と「明けの明星」のような、別々の固有名詞で名指される対象の同一性についてです。私たちが宵の明星と明けの明星が金星であると知ったのは、天文学上の発見によってであり、それは云わば偶然のことでした。ですから、宵の明星と明けの明星が同一であるのは必然的なことではありません。でも、クリプキによれば、宵の明星と明けの明星がたまたま同一であったということは、同一性そのものが偶然に成り立つということではありません。同一性は、対象とそれ自身との関係であり、必然的に成り立ちます。宵の明星と明けの明星が同一であるならば、両者は必然的に同一なのです。同じ考えが一般的な種名辞にも適用できます。「熱が分子運動である」という「理論的同一性」は、偶然に発見されたとはいえ、存在論的には必然的な真理なのです。
 このことを可能世界論で解釈したとき、第二の主張が生まれます。「明けの明星」、「宵の明星」、「金星」のような固有名詞は、固定指示子(厳格指示子、rigid designator)、つまりあらゆる可能世界で同一の対象を指し示す指示句です。一方、「宵に西の空に輝く惑星」、「暁に東の空に輝く惑星」のような記述句は、それぞれの可能世界においてその字面の性質を満たす対象を、それが何であれ、柔軟に指し示します。金星が暁の東の空に輝き、火星が宵の西の空に輝く可能世界では、「暁に東の空に輝く惑星」は「宵に西の空に輝く惑星」と同一ではありません。でも、固有名詞は記述句と違って、いかなる性質をも媒介せず「直接に」対象を指し示します。宵の明星はいつどこで輝こうが、惑星だろうが、恒星だろうが、宵の明星かつ明けの明星なのです。
 指示の因果説によれば、私が使う固有名詞「妙高山」、「深川」は他人の発話や文章からなる因果的な系列によってリレーされてきたものです。この系列は教科書や教師の声や昔の新聞を経て共同体の中を遡ったあげく、ある山や地域に対し誰かが命名している現場にまで到達することになるでしょう(はじめは「妙高」ではなく「名香」か何かだったでしょうが、名前の形の変化も物理的連続性が保たれていれば問題ありません)。「熱」や「水」のような一般種名辞の場合は、最初のサンプルとそこで作られた科学理論が、命名と同じように系列の出発点の役割を果たします。