新型コロナウイルスから:ウイルスは生物か?(再録)

 ウイルスが生きている理由を問われれば、(中国の新型コロナウィルスのように)ウイルスが私たちに肺炎のような感染症を引き起こすからであり、「コレラ菌のように生きていなければ、感染症は引き起こさない」、「新型コロナウイルス感染症を引き起こす」ゆえに、「新型コロナウィルスも生きている」と推理するからではないでしょうか。

 一方、私たちは「ウイルスは生物ではない」と書かれた教科書を使って学んできました。ウイルスが生物でない理由は、ウイルスが細胞を持たないからです。細胞は増殖や代謝といった生物の基本的な機能を担い、生物の定義に不可欠なものです。ところが、ウイルスにはその細胞がないのです。ですから、これでウイルスは非生物となり、一件落着なのですが、では、最初の推理は間違っていたのでしょうか。

 ウイルスは鉱物のように結晶化し、自分の部屋を持たず、自らエネルギーの生産も代謝もできず、生物に居候しなければ生きていけません。それゆえ、ウイルスは一人前の生物ではないというのがこれまでの生物学の常識でした。さらに、上述にある細胞が生物の定義に不可欠というのも20世紀後半まではドグマとしてゆるぎない地位を保っていました。でも、21世紀になり、その生物学の常識が大きく揺らぐことになっています。

 ウイルスは遺伝子を1個もつものから2,500個ほどもつものまで、単純なものから次第に複雑になっているものまで、様々であることがわかってきました。また、細胞をもつ「生物」の方も、3万個ほどの遺伝子をもつ真核生物から、最低150個ほどしか遺伝子をもたない共生細菌まで、やはり様々あることがわかってきました。こうして、遺伝子の数やゲノムの大きさに関して、この二つの集団はオーバーラップし、境界が曖昧になってしまったのです。

 境界がはっきりしないのであれば、ウイルスも生物だと見做していけない理由はなくなり、「生きたコレラ菌に感染する」と同じ意味で、「生きたウイルスに感染する」と言っても構わない場合があることになります。

 そもそも「生物」は概念だけでなく、語彙としても歴史的に多様でした。英語だけでも、生き物はliving thing、有機体や生物はorganism、被造物としての生物はcreatureで、細胞説のcellからDNAへと生物の基本要素も変化してきました。

 蛇足ながら、私たちはウイルスと呼んでいますが、英語の発音はヴァイラスであり、ウィルスでは通じません。