1の次の数は何か

 「1の次の自然数は何ですか」と問われて、頭を抱える人はまずいません。小学1年生でさえ「2」と正しく答えることができます。でも、「1の次の実数は何ですか」と問われると、小学生だけでなく、大人さえ1の次の実数が何か適確に答えることができません。それでも、狡賢い大人だったら、「1より大きな実数の中で一番小さい実数」だと答えるかも知れません。その実数が何かを固有名詞(proper name)を使って名指して答えることはできませんが、「1より大きな実数の集合の中に最小の数が1つだけ存在する」ことが定理として証明できるので、それが1の次の実数と等しい(なぜか)ことから、1の次の実数が存在することになります。

 でも、その存在することが証明された実数に名前をつけようとすると、これが意外にも大変難しいのです。隣人の名前が不詳なら、聞けば済むのですが、実数の場合はそう簡単にはいきません。1の次の実数をaとすると、1 + aの半分は実数で、a より小さいことになってしまい、aは次の実数ではなくなります。つまり、1の次の実数を固有名詞で表現するのは一筋縄ではいかないのです。

 さらに、実数でなく、1の次の有理数でさえ、それを固有名詞で表現することは同様に難しいのです。その理由は上述の話と似ていますが、有限であっても途方もなく長い系列はやはり現実には表現が困難なのです。私たちの生活する世界では無限は登場しません。いや、それどころかある程度の長さの有理数しか登場しません。電卓は無限の長さの数を小数第7位くらいでカットします。ですから、実数の四則演算を繰り返すと、とんでもない誤った答えが出てしまいます。でも、「無限の長さをもつ実数をaと書くと…」といった表現を私たちは平気でします。ですから、私たちは無限を表現でき、無限を語ることができると安易に思ってしまうのです。

 さて、肝心の1の次の実数ですが、それはどんな実数なのでしょうか。実数は完備して(complete)います、つまり、連続して(continuous)います。ところが、自然数も整数も離散的(discrete)で、連続していません。実数は数の間に切れ目がなく、繋がっているのですが、自然数も整数も数の間に切れ目があって、繋がっていません。ですから、1の次の自然数は2と答えることができるのです。連続している実数は川の流れのようで、その流れを切り分けることは仮想的にはできても、実際には不可能なのです。それと同じように、実数直線を切って切り口の数を見つけようとしても実際にはできません。

 このように見てくると、実数はとても扱いにくい数だということになります。ところが実数は自然を数学的に表現するには不可欠の、強力な装置、武器なのです。サイズのない点が一列に、始まりも終わりもなく、隙間なく並んでいるものを私たちは「直線」と呼んできました。その直線こそが実数のモデルになっていて、それを使って対象の形や大きさ、そして性質を測り、表現してきました。正に、自然は実数によって表現でき、その結果、私たちが操作できる対象になったのです。