量子力学の哲学

 「物理学の哲学」とは次のような研究プログラムを指しています。

・哲学の問題を物理学を使って解く。 ・物理学の問題を哲学を使って解く。

このプログラムによれば、哲学は物理学を必要とします。しばしば哲学の問題は解くのに物理学を必要とします。また、このプログラムによれば、物理学は哲学を必要とします。しばしば物理学の問題は解くのに哲学を必要とします。中でも、量子力学をわかるためには哲学が必要となります。物理学に依存する哲学の部門となると、科学哲学、形而上学心の哲学などです。ある理論が現象を説明できるかどうかについて物理学で不一致があると、それが哲学の研究対象となるのです。哲学は量子力学が世界を説明するかどうか問題にします。それはこれまで実在論反実在論の論争という形で議論されてきました。心から独立した実在があり、それを記述し、それについて知ることができるのでしょうか。それとも、量子力学反実在論を示唆しているのでしょうか。
 形而上学も物理学を必要とします。形而上学は実在の基本的な本性を追求します。物理学は実在を最も根本的なレベルで記述します。それゆえ、真面目な形而上学であれば、物理学を避けることはできません。古典的な原子論は虚空の中の原子がすべてであると主張し、この仮定のもとに研究がなされてきました。ところが、量子力学はそれに果敢に挑戦しているのです。
 心の哲学も物理学を必要とします。物理主義と対立するのが心身二元論です。なぜ物理主義が成り立つのでしょうか。もし物理学が基礎的な物理変化を表現するのに心が必要なのであれば、論争は心身二元論を認める仕方で決着することになります。
 物理学は哲学を必要とします。なぜ物理学は哲学が必要なのでしょうか。哲学は量子力学の意味を理解する(量子力学が何を主張しているかわかる)助けとなる方法を模索します。そして、理論の意味を理解することは近代物理学の最深の問題の一つだと信じられているのです。

運動変化の古典的描像(2)
[古典的運動の大域的な表現]
古典力学ではシステムの状態に関する初期条件から逐次的にそのシステムの未来や過去を決定論的に知ることができます。つまり、あるシステムのある時点での状態の(物理量の)値を知ることによって、そのシステムの別の時点での状態の値を(数学的に)知ることができます。では、古典物理学の運動記述をできるだけ一般的で俯瞰的なものにするにはどのような手段があるのでしょうか。個々の対象の運動を刻一刻と追跡するだけではなく、それを全体として眺めるにはどのような方法があるのでしょうか。それには運動を引き起こす重力の不変的な働きをできるだけ一般的に表現すればよいのですが、そのために次の6つの方法が考えられてきました。

(1)システムの特定の位置や時刻の直前、直後の運動だけではなく、運動をあらゆる位置、時刻にわたって全体として記述する(これが解析力学である)。
(2)同じシステムを異なる観測者が異なる視点からどのように記述するかを比較し、誰にとっても正しい記述を得る(これは相対性理論に通じる)。
(3)粒子ではなく、延長した、剛体を研究し、工学的な知見を得る。
(4)延長した、剛体でない対象の研究、いわゆる流体と連続体の研究をする。
(5)多くの粒子からなるシステムに関する確率・統計的な力学をつくる(これは統計力学である)。
(6)(1)から(5)までのすべてを同時に満たすような研究をする。

(1)は基本的に点的な対象(粒子)を想定したものですが、(1)を可能にするのが最小作用の原理(Principle of the Least Action)です。物理システムを記述する方程式は運動方程式と呼ばれ,作用(action)を最小にするように時間発展するものです。したがって,運動方程式は,システムの時間発展の経路について微小変化させたとき、作用Sについて、δS=0となる条件を課すことにより得ることができます。これが最小作用の原理です。システムの変化を数で表現できるなら、その数の振る舞いを数学的に考えることによって、変化を量的に形式化できるでしょう。実際、その答えは肯定的で、しかもシステムは一つの数で表現できます。これが最小作用の原理の利点です。システムの二つの異なる観測の間の変化は、運動エネルギーTと位置エネルギーUの差に時間経過を掛けた平均で記述されます。作用Sは時間に関するL(ラグランジアン(Lagrangian)と呼ばれる)の積分です。これを使うと、二つの時点(tiとtj)の間に起こる変化は最小のものとなります、つまり、作用は最小です。最小作用の原理は数学的には変分原理(Variational Principle)として次のように述べられます。

二点間の軌跡はδS=0で与えられる。

これから、運動方程式はシステムの時間発展の経路について微小変化させたとき、δS=0となる条件を課すことにより得ることができます。つまり、この原理は時間発展の方程式と論理的に同値であることがわかります。それゆえ、最小作用の原理あるいは変分原理と運動方程式とは同値です。これを言い直せば、次のようになります。

すべてのシステムは必然的な変化が最小であるように時間発展する。

(問)最小作用の原理、変分原理、時間発展の方程式の関係を整理しなさい。

ラグランジアンを使った記述はライプニッツ形而上学(その主張によれば、「この世界はあらゆる可能世界の中の最善のものである。」)を満足させただけでなく、数学的にも優れていました。それらを列挙してみましょう。

時間発展の運動方程式に比べ、多粒子のシステムでも一つのラグランジアンで十分である。
さらに、ラグランジアンを使った記述はシステムを記述する座標系から独立している。
より肝心なことは、ラグランジアンによってシステムの対称性と保存される性質を容易に計算できる。
最後に、ラグランジアンの表現はあらゆるタイプの相互作用に一般化できる。

でも、論理的にはラグランジアン運動方程式と同値であり、運動の新しい説明ではないことに注意して下さい。