記憶の中の履物

 今はすっかり履かなくなったのが下駄、そして雪国の藁沓(わらぐつ)や草履である。
 下駄は子供の頃の日常の履物で、近くに下駄屋があって色んな下駄が並んでいた。店先で実際に下駄をつくっていて、何度か下駄製作を眺めたのを憶えている。下駄の原料は主に杉と桐だった。私は白木の桐の下駄が好きだった。杉は重く、足ざわりが桐に比べて劣っていると勝手に思い込んでいたためである。下駄との付き合いが長かったのは私が通っていた高校が下駄の通学を許していたためで、私も18歳まで毎日下駄を履いて通学していた。
 下駄は立派な商品となっていたのだが、雪が降ったときに履く藁沓(わらぐつ)は商店に並んでいるのを見たことがなかった。草履は売っていたのかも知れないが、はっきりしない。どんな風に藁沓を買っていたのか定かでないのだが、雪の降る頃になると長い藁沓とサンダルのような藁沓の二種類の藁沓がそれぞれ三足我が家に届くのである。「短ぐつ式のジンベイやゲンベイ,長ぐつ式のフカグツなどがある。ワラグツやゲンベイは浅い雪のときの歩行用に,ジンベイは脛巾(はばき)を脛に当てて雪中の労働に,フカグツは屋根の雪降ろしや雪踏みにかんじきとともに用いられた」と辞書は説明している。つまり、我が家に届くのはフカグツとゲンベイということになる。
 藁沓は雪道で滑らないし、屋根の雪下ろしでも安定している。だが、湿った雪の場合には防水が不十分のため、次第に濡れてくるのである。確かに、ゴムの長靴にかんじきをつけるのと比べると藁沓の方がかんじきにフィットした。だが、よく考えれば藁沓のサイズに合わせてかんじきがつくられていたからに過ぎない。
 藁沓は私が中学生になる頃には使わなくなり、いつの間にか生活の必需品から民芸品にジャンル替えになってしまった。それは草履も同じだったと思う。ところで、今でも使われている草履に「雪駄」がある。文字通り雪が降ったときに履くとすれば、雨の時はどうするのか質問したくなる代物。水を打った露地で履くため、あるいは下駄では積雪時に歯の間に雪が詰まるため考案したとも言われている(確かに雪の中を下駄で歩くと雪が詰まる)。今では男性が着物を着る場合に雪駄を履くらしいが、下駄なのか草履なのか私にはわからない。