幾何学(者)の大いなる夢の原点は…

 私だけでなく、人は誰も夢想し、野望をもちます。目立たないのですが、知識もまた好奇心として夢や野望の格好の対象となってきたことを忘れてはなりません。「知りたい」という欲求を野望と呼ぶのは躊躇してしまいがちですが、れっきとした欲望=野望です。欲望に善悪はなく、欲望に品位を求める人はいません。技を極める、腕をあげるのに似て、誰も知らないことを知り尽したいという欲望は人間の重要な本能となってきました。知的な好奇心も熟達心も欲望の一つであることに変わりはありません。そんな人間の好奇心を惹きつけ続けてきた一つがものの形や姿、つまり見えるものでした。「何が見えているのか」を表現しようとすれば、その形状は幾何学的にまとめられることになります。それをさらに整理し絞り込めば、ユークリッド幾何学(者)の知的な野望は「点」に絞られ、「点」に秘められ、「点」に込められることになります。つまり、点を駆使して空間的な配置を表現するということが私たちの知的欲望の充足ということになるのです。
 幾何学の世界は点から始まり、すべてがその点の集合の上に築かれることになります。基礎となる点から様々な図形とその組み合わせが高層ビルのように作り上げられていきます。ところが、今では点のない幾何学がミクロな非決定論的な世界では不可欠であることが確認されています。それゆえ、それが反面教師となって、古典的な決定論的世界でどのような意味で幾何学的な点の遍在が不可欠な存在なのか、どのような意味で点の偏在が時空を一様にスムーズなものにしているかが対照的に明らかになるのです。大袈裟に言えば、古典的な世界では点が私たちの生活世界を運命づける最も重要な鍵を握っていたのです。点を使って世界の様々なものを表示、表現することができる故に、その結果として自然を数学的に表現できたのであり、それが幾何学のもつ威力の一つとなってきたのです。虚空でさえ、点を使ってその場所やサイズが表現されます。サイズのない点が一様に存在する幾何学的な空間を想定することによって、それをモデルにして世界の中の対象とその変化を線や面を使って自由に表現できるようになります。さらに、そこに座標系を導入することによって、関数を使ってさらに的確に変化をもれなく描くことができるようになりました。つまり、対象が輪郭をもち、その輪郭を幾何学的に表現することによって対象を描く、それが幾何学を使って物理世界を描くという欲望を満たすことだったのです。

ユークリッド幾何学:点の意義>
 『原論』の始まりには二つ重要な事柄があります。一つは定義の最初に登場する「点」であり、もう一つは公準の最後に控える「平行線の公準」です。点に満ちた世界がその後の数学研究と自然研究のすべてを支配することになるなどと誰が想像できたでしょうか。虚空でさえそれを表示する数学的な点に満ちています。点の次元は0であり、それゆえ、点は場所もサイズももちません。ですから、点は素粒子や原子とは根本的に違ったものなのです。点は無定義語の「部分」を使って、部分のないものとして定義されます。それは点が大きさをもたないことと同じです。そして、その点を使って線が定義され、線から面が、さらに図形の定義に至ることになっています。幾何学的な対象を構成する出発点が点であり、それは原子論の原子とは違って、部分がない、サイズがないものであり、したがって、物理世界には存在できないものです。こうして、物理世界には存在しない点から幾何学の世界ができ上っていることがわかります。

<解析幾何学:点と数>
 物理世界の中の対象を描く言葉として使うにはユークリッド幾何学で十分でしたが、物理世界の対象を番地つきで表現するには新機軸が必要で、それを満たしてくれたのが解析幾何学でした。自然の数学化は自然の幾何学化で始まり、それは幾何学の解析化によって古典力学として達成されました。それは数学と物理学の最初の総合でもありました。解析幾何学デカルトの『幾何学』に始まり、世界の表象装置としての幾何学の特徴を具体化するものでした。点や線、図形は数によって表現され、さらに量が数によって表現されることによって、代数的な計算が「数が何を指しているか」を考えることなく、自由に、独立してできることになりました。これがデカルトの大きな業績の一つだったのです。面積と体積は概念的に異なるゆえに、二つの掛け算が無意味であると考えるのではなく、面積を表す数と体積を表す数は、数として掛け算ができると考えたのがデカルトだったのです。

<点:序数と基数>
 私たちは高校までに自然数から複素数までの数を学びますが、それら数には序数(順序、順番を表す数)と基数(個数、量を表す数)の二つがあります。そして、序数は点の場所を表現するのに使われ、基数は点の個数、量を表現するのに使われてきました。ユークリッドの『原論』で定義された点は、「点を打って、線を引き、図形を描く」ことを可能にする基本の対象であり、私たちの周りの距離や面積、体積を表現するために不可欠なものになりました。つまり、その点は基数としての数によって表現されるものだったのです。一方、解析幾何学でもっぱら使われる点は、序数としての数によって表現され、場所、住所や上下左右を表現するものでした。むろん、解析幾何学にはユークリッド幾何学の点も含まれていますから、解析幾何学での点は序数と基数の二つの数によって表現される意味をもっていることになります。こうして、解析幾何学では「どこ」にあって「どの位」の大きさかが同じ実数によって表現できるのです。