自然と反自然の経験

 田舎では自然に囲まれていたのに、子供の頃の私は昆虫少年とは程遠く、ファーブルにもダーウィンにもまるで関心がなかった。それでも魚類、両生類、爬虫類、昆虫、それに種々の植物が溢れるほどに豊富だったという記憶はしっかり刻み込まれている。それが急変するのが農薬の出現だった。私が8歳頃に急に農薬が普及し始め、子供の私は大異変が起きたと感じた。それまでの田圃は生き物の大合唱を楽しみ、躍動する姿を目撃することが当然の自然だったのだが、生き物の多くが田圃から忽然と姿を消したのだった。
 戦後すぐにDDTが日本に上陸する。アメリカ軍は日本の衛生状況の悪化を防ぐため、ノミ、シラミ、蚊の防除を推進した。そのせいか、小学校に入学すると、頭にDDTを真っ白になるまでかけられた。田圃もこれに似た扱いを受け、イネにつく病害虫を農薬で退治するため、田圃に農薬が撒かれることになる。最大の病害であるイモチ病に効果が高いセレサン石灰(水銀剤)と、最大の害虫であるニカメイチュウに効果が高いホリドール(パラチオン)が大量に使われたのである。散布中の一定期間は田圃に近づけなくなった。その結果、例えばそれまで田圃に常駐していたタニシが姿を消し、殺虫剤は皆殺しの毒薬と同じ意味だと子供心に肝に銘じたのだった。
 特別に好奇心をもてないものについては、嫌いな生き物、好きな生き物、どちらでもない生き物というのが当時の私の何とも大雑把な分類。好きな生き物があるのはごく自然なことだが、好きな酸素があるとなると、誰も首を傾げるだけだろう。物体の運動を考える際、好きな物体や嫌いな物体は運動の考察には何の関係もない。それと同じように、生き物の生態を考える際、好きな生き物や嫌いな生き物は生態研究には何の関係もない筈なのだが、好きな生き物の生態は一層詳しく知りたくなるのが人の常である。「好きである」ことと「知りたい」ことの間には強い相関があるのは当然のことだと思ってしまう。つまり、好奇心(=知りたい心)は好みと相関があるとつい信じてしまう。
 だが、私たちは好奇心と好みは違うとも思っている。酸素原子への好奇心は酸素が好きだということではない。猫や犬が大好きでも猫や犬の習性に好奇心をもっているとは限らない。普通の人には生き物への好奇心があっても、それが好きな生き物かどうかはわからないものなのだが、昆虫少年や博物学大好き人間には好奇心と好みが見事に一致し、それが普通の科学者とは違ったオタク的な特徴を博物学者たちに与えてきたのではないだろうか。それも実は決定的なことではなく、電子や陽子を研究していくうちに、いつの間にかそれらが大好きになってしまった原子核物理学者がいるに違いないからである。好みは後天的であり、経験に左右されるが、好奇心はどこか本能的なものをもっていて、経験からの影響は比較的に少ないのかも知れない。
 「知りたい」と「好きになる」という心理は欲求と感情の違いだと言われてきたが、二つを結びつけた「好きになったから、もっと知りたい」と「知りたいから、もっと好きになる」とを比べると、前者は自然でも、後者はいかにも不自然である。「知りたいが、好きではない」と「好きだが、知りたくない」とはいずれも可能で、それぞれの例は簡単に見つかる。これらの例は二つの関係が如何に微妙かを物語っている。この種の話を敷衍すれば、理性や感性に代表される認識論的な名詞は、それらの指示対象が当たり前に存在するとしなければならないような使い方を近世以後してきたのである。理性も感性も心的な能力を指示していると信じること自体は誤っていないが、それが信念ではなく事実であることを真面目に検証しようとしてきたかと問われれば、20世紀まではほとんどなかったのである。
 今年は異常な暑さが続き、天候は中庸を忘れたかのように荒れ狂っている。それでも、終日セミの声が響き、クマバチが蜜を求め、コガネグモが糸を張っている。コガネグモの巣はきれいな円網を作り、クモは常に網の中心にいて、頭を下に向けて静止する。この時、前2対と後ろ2対の足をそれぞれそろえて真っすぐに伸ばし、その配置はX字状になる。彼らの世界がどのようなものかを想像しようにも、どうしてもできない。私の能力不足もさることながら、同じ生き物でもまるで異なる進化の道筋を歩んできた結果として、埋めることのできない差が歴然と存在すると認めざるを得ない。コガネグモジョロウグモと混同され、同じものと見做されることも多かった。ジョロウグモは大型の造網性のクモで、コガネグモより大きく、複雑な網を張り、網の糸は黄色を帯びてよく目立つ。子供心にも「なんと立派なクモか」と何度か感心した記憶が残っているのは確かなのだが、それがコガネグモなのかジョロウグモなのかいずれなのかとなると、私の記憶は途端に曖昧になり、わからなくなる。これは私の老化が原因なのではなく、そもそも最初からわからなかったのである。クモは子供の私の好き嫌いの対象でも好奇心の対象でもなかった。だから、コガネグモジョロウグモも「大きく立派なクモ」でしかなかったのである。つまり、私の子供の頃、コガネグモの記憶もジョロウグモの記憶もなく、あったのは立派なクモの記憶だけなのである。
 それはクモだけでなく、セミやハチについても同様で、私たちの生き物の記憶は一人一人の関心に大いに左右されている。
 ところで、そんな昆虫が生きる湾岸の風景は自然の風景なのか。東京の湾岸部となれば埋め立て地ばかりで、本来の自然がそこにあるなどと誰も考えないのだが、人のもつ自然の風景や、さらには自然観など、個々の関心に依存し、曖昧でいい加減だから、いつの間にか人工の湾岸風景が自然の風景だと思い込むようになり、自然かそうでないかといった判断などしなくなる。大袈裟に言えば、習慣化による判断停止である。土があり、水があり、動植物があれば、後は自然に任せれば、自然によく似た擬似自然の風景がつくられ、それがいつの間にか正真正銘の自然と見做されるようになっていく。それに不満をもつ人は純粋の自然を求めて山や海にくり出すことになるのだろう。東京の湾岸風景を自然とみるか、自然擬きに過ぎないと見るかは、気持ちの持ちようで、いつの間にか擬似自然に慣れ、それが今風の自然として受け入れられていくのである。
 私たちは自然を真似るのが好きである。生け花は自然の花の写し、再構成、複製、変形等々と表現できるが、自生種を真似て、改変した園芸種は生け花の固定とも言える。庭園、庭は自然の一部の再現であり、自然を所有して味わいたい気持ちが透けて見える。花壇とは違って、田畑は自然の利用、搾取であり、それが里山や自然へとそのままつながっている。里山とは半自然なのだが、誰も反自然とは思わない。最近の異常気象もそれに似ていて、自然現象と言うより半人工現象であり、私たちが半ばつくり出した現象なのである。
 私たちは自然擬きづくりにいそしむ。自然を真似ること、美しい自然を真似ることから私たちの美的生活が始まった。自然は私たちの手本であり、知だけでなく美も私たちは自然から学んだのだ。
 自然のもつ自然な姿などない。自然は天変地異を繰り返し、変化を繰り返すしかないのが自然の本性。本来の自然とはどんな自然なのか。地球には複数の自然があるのか。現在の自然と5千年前、あるいは5千年後の自然は同じ自然なのか。自然が本当に自然らしく、「理想の自然」が存在したのはいつだったのか。そんな疑問に対し、それは人間が出現する前の自然であり、出現後の自然は半自然であり、反自然の活動が人間の生活であるように思えてならない。そう思う理由が、私の8歳時の農薬経験にあるのは確かである。