神々と人々の絆(3):神道の流行神

 神が他の神と交わる神社会には豊かな物語が生まれ、人格にも似た神格が複数存在し、生活世界が展開されることになる。神社会での振舞いによって神の性格、神の行動特性がわかり、分析可能になる。だが、一つの神が絶対であるなら、社会は存在せず、神の生活はないことになる。神々が社会をつくるのは人々が社会をつくるのと何ら変わりはない。
 人間社会をモデルにした神社会は拡張された人間社会であり、それをもとに神と人間の混在する社会は生まれるが、それが神話として語り継がれてきた。善人と悪人も神に適用され、善き神、悪しき神が生まれることになる。
 神道は、自然信仰(アニミズム)、民俗信仰(シャーマニズム)、祖霊信仰、怨霊信仰などに由来する八百万の神(やおよろずのかみ)を崇拝する日本の伝統宗教神道の起源は縄文時代から始まり、弥生時代から古墳時代にかけてその原型ができたと考えられている。日本の風土や日本人の生活習慣に基づき自然に生じた神観念は、やがて、自然神から人格神へ、精霊的な神から理性的神へと変化してきた。神道の神は、地域社会を守り、現世の人間に恩恵を与える穏やかな「守護神」だが、天変地異を引き起こし、病や死を招き寄せる「祟る」という性格も持っている。
 人々に人気がある神は流行神(はやりがみ)と呼ばれ、分霊の勧請によって神社の数を増やしてきた。神道では、神霊は際限なく分けることができ、分霊しても元の神霊に影響はなく、分霊も同じ働きをするとされる。流行神として多くの神社に分霊されている神には七つの系統があり、それらは八幡神、伊勢神、天神、稲荷神、熊野神、諏訪神、祇園神である。

八幡神
 八幡神は北九州の豪族宇佐氏の氏神として宇佐神宮宇佐市)に祀られていた。この神が数々の吉兆を現し、大和朝廷の守護神となる。その後、八幡神応神天皇と習合し、 現在の神道では、応神天皇誉田別命)を主神として、応神天皇の母である神功皇后と、比売神とを合わせて「八幡三神」として祀られている。 神功皇后は、夫の仲哀天皇が急死した後、住吉大神の神託により、朝鮮半島に出兵して新羅の国を攻める。新羅は戦わずに降服して朝貢を誓い、高句麗百済朝貢を約す(三韓征伐、これは『記紀』の記録で、真偽は別)。
 比売神は、天照大御神素戔嗚尊との誓いで誕生した宗像三女神多岐津姫命(たぎつひめのみこと)、市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)、多紀理姫命(たぎりひめのみこと))の三柱とされる。宗像氏ら海人集団の祭る神であった宗像三女神が、神功皇后三韓征伐の成功に貢献したことにより、大和朝廷の神として崇拝を受けた。応神天皇の頃から「倭の五王」の時代が始まり、国家は繁栄する。だが、応神天皇から数えて皇位十代目の武烈天皇の死後、後嗣が断絶。そのため、越前から「応神天皇五世の孫」である男大迹王(をほどのおおきみ)が迎えられ、群臣の要請に従って継体天皇として即位する。皇統は、応神天皇から継体天皇を経て、現在の皇室まで繋がる。
 八幡神は、応神天皇の神霊とされたことから皇祖神としても位置づけられ、天照大御神に次ぐ皇室の守護神となった。奈良時代に朝廷が宇佐神宮鎮護国家、仏教守護の神として八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の神号を贈ったことにより、全国の寺の鎮守神として八幡神が全国に広った(仏を守る神)。

<伊勢神>
 伊勢神とは、伊勢神宮に祀られる神である。伊勢神宮には、太陽を神格化した天照大御神を祀る皇大神宮と、衣食住の守り神である豊受大御神(とようけのおおみかみ)を祀る豊受大神宮の二つの正宮があり、一般に皇大神宮は内宮(ないくう)、豊受大神宮は外宮(げくう)と呼ばれる。天孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が降臨した際、天照大御神三種の神器を授け、その一つ八咫鏡(やたのかがみ)は神武天皇に伝えられ、以後、代々の天皇の側に置かれることになる。垂仁天皇の治世に天照大御神の祭祀が皇女倭姫命に託され、鏡は伊勢神宮内宮に置かれた。
 古代には伊勢神は「皇室の氏神」として、天皇以外の奉幣が禁止された(私幣禁断)。中世になると、伊勢神は日本全体の鎮守として、全国の武士から崇敬される。神仏習合の教説が広まり、天照大御神観音菩薩の化身とされたが、やがて大日如来と同一視されるようになる。戦国時代になると、神宮領が侵略され、経済的基盤が失われた。資金獲得のため、神宮の信者を増やし、各地の講を組織させる御師が台頭する。近世には、お蔭参り(お伊勢参り)が流行した。庶民からは親しみを込めて「お伊勢さん」と呼ばれ、多くの民衆が全国から参拝した。明治時代から戦前までの近代社格制度では、すべての神社の上に位置する神社として、社格の対象外とされた。

<天神>
 天神とは、神格化された菅原道真(すがわらのみちざね)。菅原道真は忠臣として名高く、宇多天皇に重用されて寛平の治を支えた一人であり、右大臣にまで昇る。だが、左大臣藤原時平によって大宰府へ左遷され、現地で没する。菅原道真が亡くなった後、平安京で雷などの天変が相次ぎ、清涼殿への落雷で大納言の藤原清貫が亡くなったことから、道真は雷の神である天神と見做されることになった。また、道真が優れた学者であったことから、天神は「学問の神様」ともされた。道真の墓所には太宰府天満宮太宰府市)がつくられ、道真が好んだという右近の馬場には道真の怨霊を鎮めるために北野天満宮が造営され、この両社が信仰の中心的役割を果たしてきた。

<稲荷神>
 稲荷神は、もともとは京都一帯の豪族秦氏氏神として伏見稲荷大社京都市伏見区)に祀られていた。『山城国風土記逸文によれば、秦氏の祖先である伊呂具秦公(いろぐのはたのきみ)は富裕に驕って餅を的にしたところ、その餅が白い鳥に化して山頂へ飛び去り、そこに稲が実った。伊呂具は過去の過ちを悔いて、それを根ごと抜いて屋敷に植え、それを祀った。神の名は、稲生り(いねなり)が転じて「イナリ」となり「稲荷」と書かれた。稲荷神は、稲の神であることから食物神の宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)と同一視され、後に他の食物神も習合する。また、狐は穀物を食い荒らすネズミを捕食すること、狐の色や尻尾の形が実った稲穂に似ていることから、狐が稲荷神の使いにされた。平安京を基盤としていた秦氏が政治的な力を持ち、それにより稲荷神が広く信仰されるようになる。東寺建造の際に秦氏が稲荷山から木材を提供し、稲荷神は東寺の守護神と見なされるようになる。真言宗が広まると、稲荷信仰が全国に広まり、祟り神としての側面も強くなった。
 中世以降、工業、商業が盛んになってくると、稲荷神は農業神から工業神、商業神、屋敷神などの万能の神に変わる。江戸時代に入って稲荷が商売の神と公認され、大衆の人気を集めるようになり、稲荷神社の数が急激に増えた。

熊野神
 熊野神とは、熊野三山に祀られる神。熊野は、日本古来の山岳信仰の聖地。山岳信仰と仏教が習合して修験道が成立すると、熊野は修験道の修行の場となった。修験道は厳しい修行を行うことによって超自然的な能力(験力)を獲得し、その能力によって衆生を救済することを目指す。神仏習合により、熊野神は「熊野権現」と呼ばれ、熊野本宮大社主祭神である家都御子神(けつみこのかみ)は阿弥陀如来、熊野速玉大社(新宮)の熊野速玉男神(くまのはやたまおのかみ)は薬師如来熊野那智大社熊野牟須美神(くまのむすみのかみ)は千手観音とされた。
 平安時代後期、阿弥陀信仰が強まり浄土教が盛んになってくる中で、熊野の地は浄土と見なされるようになる。院政期には歴代の上皇の参詣が行なわれ、後白河院の参詣は三十四回にも及んだ。上皇の度重なる参詣に伴い、在地勢力として熊野別当家が形成され、熊野街道の発展と共に街道沿いに九十九王子と呼ばれる熊野権現御子神が祀られた。鎌倉時代に入ると、熊野本宮大社一遍上人阿弥陀如来の化身であるとされた熊野権現から神託を得て、時宗を開く。熊野三山への参拝者は、日本各地で修験者によって組織され、檀那あるいは道者として熊野三山に導かれ、三山各地で契約を結んだ御師に宿舎を提供され、祈祷を受けると共に山内を案内された。次第に民衆も熊野に頻繁に参詣するようになり、「蟻の熊野詣で」と呼ばれるほどに盛んになった。

<諏訪神>
 諏訪神とは、諏訪大社(長野県)に祀られる神。諏訪大社は、日本最古の神社の一つといわれるほど古い。諏訪大社には二社四宮ある。諏訪湖南岸に鎮座する上社の本宮・前宮と、諏訪湖北岸に鎮座する下社の秋宮・春宮。主祭神は、建御名方神 (たけみなかたのかみ)と妃の八坂刀売神 (やさかとめのかみ)。両神とも上社・下社の両方で祀られている。諏訪大社に祀られていたのは、もともとは諏訪地方の土着の神々であった。
 日本神話によれば、天照大御神の孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の降臨に先立ち、武甕槌命(たけみかづちのみこと)が大国主命に国譲りするように迫る。これに対して、大国主命の次男である建御名方命(たけみなかたのみこと)が国譲りに反対し、武甕槌命に相撲を挑む。しかし、建御名方命は負けてしまい、諏訪まで逃れる。そして、以後は諏訪から他の土地へ出ないこと、天津神の命に従うことを誓ったとされる。また、中世に狩猟神事を執り行っていたことから、狩猟・漁業の守護祈願でも知られている。

祇園神
 祇園神は、仏教の牛頭天王(ごずてんのう)と神道素戔嗚尊(すさのおのみこと)が習合した神。京都の八坂神社もしくは姫路の広峯神社が総本社とされる。牛頭天王は、インドのインドラ神の化身の一つが仏教に取り入れられ、釈迦の生誕地に因む祇園精舎の守護神とされた。素戔嗚尊は、父である伊弉諾尊(いざなぎのみこと)から夜の国もしくは海原を治めるように定められるが、母である伊弉冉尊(いざなみのみこと)のいる根の国に行きたいとそれを断る。素戔嗚尊は、根の国に向かう前に姉の天照大御神に別れの挨拶をしようと高天原へ上るが、粗暴を働いて追放される。
 牛頭天王素戔嗚尊が習合したのは、両神とも行疫神(疫病をはやらせる神)とされていたため。本地仏薬師如来とされた。平安時代に成立した御霊信仰を背景に、行疫神を慰め和ませることで疫病を防ごうとしたのが祇園信仰の原形。その祭礼を祇園御霊会といい、京の市民によって祇園社(八坂神社)で行われるようになった。祭礼は後に「祇園祭」と呼ばれる。明治に神仏分離が行われた際、仏教の神である牛頭天王は祭神から外され、神道の神である素戔嗚尊だけが残される。同時に神社名から仏教用語の「祇園」や「牛頭天王」が外され、総本社である京都の祇園社も八坂神社と改名された。

 流行神は神が社会的な存在であり、時代や地域によって変化することを見事に示してくれる。神々は社会的、歴史的な存在なのである。では、習合、合体を繰り返す神道の神々の中のトップは誰なのだろうか。奈良時代までは「たかみむすび」のほうが格上だったとか、国産みをした「いざなぎ、いざなみ」のほうが偉いはずだとか、日本の神々の世界に序列などないとか、様々な議論があるが、大方の人が認める最も権威ある神は「あまてらす」だろう。天皇家の先祖神であり、太陽の女神だから、というのがその主な理由。