植物の発生と成長についての私的見解

 生き物を分けろと言われれば、つい動物と植物に分けてしまう。この反射的な反応が「常識」のもつ恐ろしさなのだが、今の生物分類によれば、まず真正細菌古細菌からなる原核生物と真核生物に分けられ、その真核生物の中に植物と動物があり、その他に原生生物と菌がある。つまり、科学的な知識によれば動物と植物は六つの基本クラスの二つに過ぎないのである。それを背後において、私たちの常識的な生命観を支える動植物について植物中心に眺めてみよう。

 私たちの常識的な動物となれば脊椎動物脊椎動物は胚発生が終わった時には既に成体とほぼ同じ器官をもっている。つまり、胚発生後に新しい器官がさらにつくられることはない。だが、植物の発生は動物と異なり、胚発生から死までずっと続く。被子植物の胚発生は種子の形成であり、胚発生が終わると発生をいったん停止する。そして、種子は発芽に適切な条件が来るまで休眠する。種子の中には当然茎も花もない(だから、植物のホムンクルスはいない)。種子から発芽した植物では発芽後に地上の分裂組織から茎や葉がつくられ、地下の分裂組織からは根がつくられる。この分裂組織による発生は植物の一生を通して止まらない。成長と発生は対概念とみられ、成長は量的な増大を意味し、発生は質的な分化を意味する。脊椎動物は胚発生の時に発生がほぼ完了していて、後は増大するだけと時間的にに分かれているが、植物は既にある構造の上に新しい器官をつくる発生を行うため、質的にも量的にもその形態は変貌を続ける。また、動物の成長には一定の限度があるが、植物の限度は遥かにいい加減である。地球上で最大の動物であるシロナガスクジラは体長30m、体重200t程度までしか成長できないが、ヨセミテ公園のジャイアントセコイアは樹高80m,総重量1200t を超え、屋久島の縄文杉は数千年以上たっても成長を続けている。植物は生きているかぎり新しい器官を積み上げ、高く大きくなろうとする。そして、それを可能にしているのが細胞を支える細胞壁で、これは動物の細胞にはない。
 生物の形は遺伝的要因と環境要因の両方で決まる。ブロックを積み上げていくように生長する植物の形態形成も遺伝的要因と環境要因の二つによって決まる。同じ種であれば個体全体の形態や枝分かれのパターンは同じ。数千年も生きる屋久島の杉はどんなに大きくなろうと杉のままである。つまり、種の基本的な構造は遺伝的に決まっている。そして、植物はそれぞれの環境に応じて枝を伸ばすタイミングや枝の長さ、葉や花の数を変える。だから、全体的には種の特徴をもち遺伝的に完全に同一であっても、全く同じ形の個体は存在しない。日本人が大好きなソメイヨシノがその具体例で、この桜は江戸時代に偶然つくられ、接ぎ木でしか増やすことができなかった。だから、日本中に存在するソメイヨシノはたった一本の樹から増やされたクローン植物。当然ながら、遺伝的には完全に同一である。だが、日本中の桜並木の中に全く同じ形をした樹など存在しない。
 植物は繰り返し構造をもつ。動物は一個体がもつ器官の種類は多いが、個々の器官の数は僅かしかない。例えば、脊椎動物は眼や耳など多くの重要な器官を左右二つしかもたず、心臓も胃も一つしかない。これらの器官のほとんどは胚発生の時期につくられ、成体になってから新たにつくられることはない(現在、コピーを増やす技術が進んでいるが)。一方、植物の器官の種類となれば、根、茎、葉など僅かに過ぎないのだが、それら個々の器官の数はすこぶる多い。そして、その多量の器官はすべて発芽後に形成される。
 植物の発生は具体的にはどのように行われるのか。植物の地上部はすべて、茎の先の頂分裂組織またはシュート頂分裂組織とよばれる未分化の細胞群(幹細胞)からつくり出され、その発生は葉、茎、芽からなるユニットの繰り返し構造をとる。この繰り返し構造が植物の発生の特徴で、植物は環境に応じて繰り返し構造のユニットの形や繰り返し回数を変え、同じ種でも異なる形状、形態を示すことができるのである。
 植物では茎頂分裂組織が地上部のすべての器官をつくりだす。最初の茎頂分裂組織は胚発生の時期に形成される。成長するにつれ、新たにつくられた葉のつけ根にも分裂組織が形成され、枝分かれが生じる。花を構成するがくや花弁、おしべ、めしべは葉が変形したものである。茎頂分裂組織が茎を伸ばさずに自分のつくり出した葉に囲まれた状態が「芽」である。例えば、キャベツや白菜などはすべて巨大な芽である。キャベツや白菜を縦切りにすると、私たちが芯とよぶ固い部分が茎であり、その先端に小さな茎頂分裂組織が存在し、それを囲むように葉が生えていることがよくわかる。
 多くの植物が寒い冬には芽の状態で生育に良い季節が来るのをじっと待つ。枝につく葉のつけ根には腋芽が形成され、その芽が伸びて新しい枝をつくる。その枝に葉がつくられるとそのつけ根にはまた腋芽が形成され、次の枝分かれのもとになる。新しい枝はもとの枝と同じ形を示し、そのため植物はフラクタル構造をもつことになる。和紙の原料となるミツマタは、その名の通り三叉に分かれる特徴的な枝分かれをするが、他の樹や草も種固有の枝分かれパターンをもっている。
 被子植物の花は、がく、花弁、おしべ、めしべの四種類の器官から構成される。古くから、これらの花器官は葉が変形したものと考えられてきた。ゲーテは 『植物変態論』(1790年)の中で詳細な観察をもとに、花は葉の変形だと主張している。花は葉をつける通常のシュートに比べ茎の部分が非常に短く、器官と器官の間がつまっていて、がく、花弁、おしべ、めしべが外側から花の中心に向かって、四つの同心円状に位置する。1990年代に、花器官がホメオティック変異とよばれる形態異常を示すシロイヌナズナキンギョソウの突然変異体を用いた研究から、花器官の形成と並び順が三種類の遺伝子(ABC)によって決定されていることがわかった。この仕組みは被子植物全般に共通する花の形態形成の基本モデルと考えられていて、このABCモデルは今では広く受け入れられている。ゲーテが花は葉であると提唱してから約200年で、葉から花への転換はわずか数種類の遺伝子の発現の組み合わせで決まることが明らかになったのである。
 私たちが身近に目にするABC変異体は、ヤエザクラやバラなど、C遺伝子が失われておしべやめしべが花弁やがくに変わった、いわゆる「八重咲き」とよばれる植物である。C遺伝子がなくなるとおしべとめしべがつくられないため、種子をつけて次の世代を残すことができないが、偶然生まれた八重咲き変異を人は栽培種として大切に守って来た。ゲーテは『植物変態論』の中で「一重の花が八重の花に変わるのはたいてい、花糸と葯の代わりに花弁が発達する場合である」と述べている。これはまさにABCモデルが証明したことである。ツバキやサクラを見ても、八重咲きの花のすべてが完全におしべとめしべを失っている訳ではなく、おしべだけが花弁または花弁のような器官に変わっているものが多い。

 植物と動物は同じ真核生物なのに違いばかりを私たちは感じるようなのだが、他の四種類の生物は動植物からはさらに大きく異なっている。だが、私たちにはその大きな違いがよく見えないし、感じることなど日常経験の中ではとてもできないのである。つまり、私たちが知っている生き物は生き物の僅かな部分に過ぎず、しかもとても偏っているのである。こうなると、原生生物と菌だけでなく、原核生物についてもその本性を知りたくなるのが人の好奇心であり、それが自然というものである。