「経験と物語、あるいは因果的な経験」と「経験と構造、あるいは幾何学的な経験」

 私たちの経験を外から俯瞰的に眺める場合も、経験する内容を内から意識する場合も、いずれの場合も何かの変化を経験していることについては共通している。経験すること自体、そして時には経験する内容も共に因果的な変化であり、その変化の最も基本的なものが運動変化である。物理学が運動変化を明らかにすることであるなら、物理学の目的は私たちの経験そのものの解明ということであり、それに異論を差し挟む余地などないだろう。だが、哲学という文脈で私たちが経験やその内容について語る際、物理学と経験の関係に関しては大変異なる関係がこれまで想定されてきた。例えば、物理学は私たちの経験を無視することによって成り立っている、と多くの人に思わせてきた幾つかの哲学的な思想が存在する。
 経験内容が運動変化である場合、運動変化の物理化は幾何学化することからスタートした。それがターレスの果たした役割である。経験内容とは変化する世界であり、その世界の構造は幾何学的である、これがターレスの基本テーゼである。世界内の変化を直接数学的に操作する術はまだなく、そのためか数学化は形而上学化へと性急に転向していく。そして、それを具現したのがエレア学派のパルメニデス、ゼノンだった。プラトンアリストテレスも経験内容を形而上学的に昇華(簡約化、単純化)することによって、経験内容の大雑把だが、合理的な客観化を目論んだ。
 経験内容をより包括的に数学化することは、ずっと時代が下ってガリレオの登場を待たねばならなかった。運動変化の数学的な表現は最終的にニュートンによって解析学的に与えられる。「変化の幾何学化が構造的で、変化の解析学化が因果的」という表現は少々危険な表現だが、それを敢えて使えば、「運動変化の経験」の数学化が辿り着いたのが解析学だったと言っても誤ってはいないだろう。少なくとも解析的表現は運動の因果的変化を連続的、逐次的に(関数的に)捉えようとしている。それは経験の形態の把握そのものであり、そこに余分な形而上学を介在させる必要はない。
 経験の数学的表現の最初の成功が世界の構造を捉える幾何学だったとすれば、二番目の成功が運動変化の軌跡を捉える解析学だった。恐らく、経験の三番目の成功は経験内容のもつ情報で、それは後述する確率・統計的に捉えられ、表現されてきた。
 運動や歴史といった時間的な変化は、建物、仕組み、システムといった持続的な構造とは異なる側面をもっている。構造と物語、システムとナラティブといった対は対立するだけと受け取られてきたが、物語、歴史は私たちの経験そのものに根ざすものであり、一方構造はその経験内容を俯瞰的に理解するときの基本となってきたものである。実際の私たちの経験では、物語と理論の両方が入れ替わり立ち替わりで使われている。

(ここまでの要約とこれからの内容)
神話や物語による世界や人間の説明では、因果的な出来事を支配する超自然的な力や能力が使われてきた。神や自然がもつ力や能力によって物語の因果的な進行が成り立つようになっている。因果的なシナリオを展開する際の個々の因果関係は物理的な因果関係だけでなく、論理的な帰結関係や言語的な意味関係が混じり、渾然一体となった関係である。恐らく、「物語的因果関係」とでも呼んだ方がよく、拡張された因果関係であり、言葉遣いとしての「因果」が象徴的な意味で使われている。拡張された象徴的因果関係の系列間の関係には、狭義の因果的関係、論理的関係、言語的関係、慣習的関係、法律的関係等が含まれ、組み合されている。ギリシャ哲学や科学革命以前の因果性を考えると、論証と因果関係が意外に近いものとして扱われていたのはそのためであろう。自然現象を自然のものを使って説明する場合、説明項の間にある拡張された因果関係を使って説明する、これがギリシャで人間が自然現象を自ら説明し始めた時のやり方だったのではないか。実際、ターレスの哲学を考えれば、説明する道具や装置は物理的な力ではなく、数学的な関係だったと考えることができる。真に因果的な物理的現象の理解は力とその数学的表現に求められることになるが、まずは論理的、数学的な関係その他が包括的に、曖昧なままに取り上げられたと考えられる。明晰な頭の働きだけで獲得できる論理的、数学的な知識に比べ、実証的、経験的な観測や実験を必要とする物理的な力の経験的な把握は遅れることになる。計画的な実験がない中では、力は神の力、超自然的な力、あるいは私たちが押したり、引いたりする力からの類推として捉えられる他なかった。
アリストテレスの自然学が上述の内容を具体化した代表的なものと言えるが、そこでの因果的関係は論理には敏感であっても、物理には大変鈍感だったとしか言いようがない。自然を数学化するとは、因果性概念の哲学的分析を中断し、因果的系列の繋がりを数学的な関数関係によって表現することをまず優先して考えることだが、それがガリレオからニュートンに至る探求のエッセンスである。ここに登場する数学化はギリシャ時代のターレスに代表される数学化とははっきり違っている。ギリシャの数学化が「ユークリッド幾何学化」とすれば、ガリレイニュートンの数学化は「解析幾何学化」と言えるだろう。力は変化する幾何学的関係を使って表現でき、それを可能にしたのが解析力学だった。そして、解析幾何学的な表現は力やその変化を直接に表現するのではなく、力による運動変化を物体の位置や運動量の変化として表現する。そして、この表現が関数関係によってなされ、時間をパラメータにしたお馴染みの表現が生まれることになった。その表現から確定的で連続的な軌跡をもつ変化が運動変化であると理解され、古典的な世界観の基礎が整えられることになった。
 このような経緯の中で、ギリシャの最初の数学化と科学革命時の数学化を通じて古典的世界観がつくられることになるが、そこでの要点は何だったのか。「点」からすべてがスタートしたこと、そして点が線になっていくことが運動の表現に採用されたこと、そしてその線が関数として理解されたこと、これらが順次累積的にまとめ上げられ、古典的世界は実は数学的世界と基本的には同じであることが定まった、ということである。力が物理的であるという以外では古典力学は徹底して数学的である。力が働いた結果としての位置と運動量の変化が時間・空間のパラメータによって相空間内で粒子の運動軌跡として表現されれば、あとはその数学的な理解だけで運動変化が理解できる手筈になっている。これが運動変化の基本的な物理的表現であり、物理的な制約がないという意味で数学的である。