音のある森の風景

 風景にも音があり、小川のせせらぎや波の怒涛、瀑布や暴風雨など静かな音からうるさい音まで多種多様である。だが、雪景色や(ジャングル以外の)森林に大きな音は馴染まない。いずれも静かな方がいい。そのためか、森林風景のステレオタイプに音は入っていない。

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辰巳の森海浜公園

 だが、辰巳の森はすぐ横を首都高湾岸線と湾岸道路(国道357線)が並行して走っているため、地鳴りのような音が止むことがない。一台の車の音ではなく、多くの車の集合音で、何とも形容しがたい騒音が絶え間なく続くのである。地鳴りをもじり、車鳴りとでも言いたくなる。だから、辰巳の人工の森は始終うるさい森なのである。私の子供の頃の森が静寂そのものだったのとは大違いである。うるさいことに森の樹々は文句を言わないようなのだが、きっとうるさいと感じていると無性に感情移入したくなるのである。

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首都高湾岸線と湾岸道路

 この感情移入の余韻が、植物はどれだけ騒音に耐えられるのかといった問いを呼び起こし、それが一途に気になり出すのである。すると、「植物は音を感じ、自分が食べられている音も聞き分けている」という研究結果の発表が目に入ってくる。この謂い回しは眉唾の表現だと思いつつ、字面通りなら小心の菜食主義者にはショッキングなことだと同情したくなる。野菜も食べられないとなれば、食べるものがなくなってしまう。だが、これは無用の心配で、人は自分の食べ物の感覚になど配慮しない。人は残酷にもその味にだけもっぱら感覚を集中するのである。
 冗談ではなく、植物は生態系の音にどう反応するのだろうか。植物が生態系の音にどう反応するかの実験を行ったのは、米ミズーリ州立大学の研究チーム。これまで、音楽などの音響エネルギーに対する植物の反応は研究されてきたが、生態系への音に対しては初めての実験となる。研究チームは、シロイヌナズナの葉上に青虫を乗せ、特殊なレーザーマイクロフォンで青虫が葉をかじる時の振動音を録音した。そしてシロイヌナズナの鉢を2つ用意し、片方には録音した振動音を2~3時間流し、もう一方には無音を流して検証した。次に、両方の葉に青虫を乗せてみたところ、青虫の振動音を聞かされたシロイヌナズナは、そうでないものより除虫効果がある「からし油」を多く分泌していた。さらに、風や他の昆虫による振動音を聞かせてみたが、からし油の量は増えなかった。これはシロイヌナズナが、自分が食べられている音も含め、近くの音を感じて聞き分けていることを意味する。また、この実験で青虫のムシャムシャと葉をかじる振動音を聞くと、シロイヌナズナの細胞代謝に変化が起こり、除虫効果がある物質を分泌し防衛反応を示すことも判明した。野菜は虫に食べられている時だけでなく、収穫されている時も何か感じているかも知れない。
 音や匂いに感じる植物があるなら、視覚をもつ植物があってもおかしくない。植物が鈍感どころか無感だという思い込みは一体どこから出てきたのだろうか。動物に感覚が必要なのはわかるが、その同じ考えから植物に感覚はいらないことの納得できる説明はどこにもない。感覚する植物があれば、私たちの植物観はすっかり変わり、動物と植物の区別などすっかりなくなることだろう。

*(二つの大切なこと)
 モデル生物(モデルせいぶつ)の代表例はショウジョウバエ大腸菌。モデル生物は生物学、特に分子生物学で生命現象の研究で使われる生物種である。シロイヌナズナはそのモデル生物の一つで、2000年に植物としては初めて全ゲノム解読が完了した。ゲノムサイズは1.3億塩基対、遺伝子数は約2万6000個と顕花植物では最小の部類に入り、染色体は5対。ゲノムサイズが小さく、一世代が約2ヶ月と短く、室内で容易に栽培でき、多数の種子がとれ、形質転換が容易であり、等々、シロイヌナズナはモデル生物としての利点を多くもっている。
 最後に、植物名の「イヌ…」は例の「…擬き」という意味。ナズナ(ぺんぺん草)と呼ばれる白い花の植物が私たちの生活世界に存在し、そのナズナとよく似た黄色い花の別の植物が見つかり、イヌナズナと命名された(正にナズナモドキである)。そして、そのイヌナズナに似ているが、花が白い植物がシロイヌナズナと命名された。だから、シロイヌナズナナズナの近縁種ではなく、単に見かけと命名が因果的につがっているだけなのである。

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シロイヌナズナ

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ナズナ(ぺんぺん草)