倫理的な正しさ(2)

 ロールズの「正しさ」の考えの基本の解説が今日の目的です。ロールズは、原初状態で合意されであろう正義には二つの原理があると考え、それを次のように述べています。それぞれ、自由の平等な権利について、自由の不平等の条件についてのものです。
<第一原理>
各人は、平等で基本的な、様々な自由の最も広範な制度的枠組みに対する平等な権利を保持すべきである。ただし、最も広範な枠組みといっても、他の人びとの様々な自由の同様な制度の枠組みと両立可能なものでなければならない。
<第二原理>
 社会的、経済的な不平等は、次の二条件を満たすように編成されなければならない。
(a)そうした不平等が各人の利益になると当然に予期できること
(b)全員に開かれている地位や職務に伴うものにしか不平等を許さないこと
 ロールズによれば、これらの原理はまず社会の基本構造に対して適用され、権利と義務の割り当てをコントロールし、社会的、経済的な諸利益の分配も統制、調整します。社会構造は二つに区別できる側面をもっていて、それぞれの区分が第一原理と第二原理の適用対象と見なされます。その二つの側面とは、(1)平等で基本的な諸自由を規定し確保する側面と、(2)社会的、経済的な不平等を許す範囲を指定し、確立する側面です。第一原理は、基本的な権利と義務を平等に割り当てることを主張します。第二原理は、社会的、経済的な不平等が正義にかなうのは、それらの不平等が結果として全員の便益を補正する場合に限られると主張します。第一原理は、「政治的な自由」と「言論および集会の自由」、「良心の自由」と「思想の自由」、身体や心への暴行や損傷からの自由を含む「人身の自由」、「個人的財産=動産を保有する権利」と法の支配の概念が規定する「恣意的な逮捕や押収からの自由」等々の諸自由が平等に分かち合われるべきだと言うのです。第二原理は、(1)所得と富の分配、(2)職権と責任の格差を活用した諸組織の設計という二つの側面に適用されます。富と所得の分配は平等にする必要はありませんが、各人の利益となるものでなければならず、そして同時に職権と責任をもつ地位は全員がアクセス可能なものでなければなりません。第二原理の適用は、種々の地位につくことができることを保持することから始まり、次にその制約のもとで、各人の便益となるように社会的、経済的な不平等の調整を図ることになります。
 さて、これら二つの原理は、第一原理が第二原理に先行するという順序に従って適用されなければなりません。この適用の順序は、第一原理が守る平等な基本的諸自由の侵害は、社会的、経済的な利益の増大によって正当化できないことを示しています。これらの自由には中枢をなす適用範囲があり、その範囲内では他の基本的な自由と対立する場合にだけ、自由を制限し、削減できるのです。自由が相互に衝突するときには制限を受け入れるのですから、基本的諸自由のどれも絶対的なものではないのです。とはいえ、相互調整の結果、複数の自由が一つのシステムをどのようにして形成することになったとしても、そのシステムは全員にとって同じものでなければなりません。第二原理に関して、富と所得の分配および職権と責任を伴う地位は、基本的な自由と機会均等の双方と矛盾してはならないのです。

第二原理には曖昧な点があったため、最終的には次のように書き直されました。
<第二原理> 社会的、経済的な不平等は、次の二条件を満たすように編成されなければならない。
(a)そうした不平等が、正義にかなった「貯蓄原理」と矛盾せずに、最も不遇な人びとの最大の便益に資するように。
(b)公平な機会均等の諸条件のもとで、全員に開かれている職務と地位に伴うものだけに不平等がとどまるように。
(a)は「格差原理」と呼ばれ、(b)は「機会均等原理」と呼ばれます。貯蓄原理は、社会の進展のレベルごとにそれぞれ適切な貯蓄率を割り当てるためのルールです。社会の進展の段階が異なるのに応じて、異なる貯蓄率が割り当てられます。人びとが貧しくて貯蓄が困難な場合には、低い貯蓄率が必要となります。他方、裕福な社会にでは実質的な貯蓄負担は重くないため、より多額の貯蓄を期待してもよいことになります。正義にかなった貯蓄原理は、正義の重要問題の一つとして社会が貯蓄として次世代に残しておくべきものに適用されます。正義にかなった貯蓄原理は、正義にかなった社会を実現し、保持するという負担を公正に分かち合うことについての、世代を超えての了解事項と捉えることができます。
 サンデルによると、格差原理は社会的、経済的な不平等を管理するために人びとが選ぶ原理なのです。これは、もっとも不遇な人びとの利益に資するように、社会的、経済的な不平等を許容するという考え方です。ロールズの格差原理は、個人の給料や収入の格差を議論するためのものではなく、社会の基本構造と、権利と義務、所得と富、力と機会の分配方法とを論じるためのものです。ロールズにとって議論すべき問題とは、ビル・ゲイツがもつような富は、もっとも不遇な人びとの利益に資するような仕組みから生まれたものかどうかでした。格差原理によれば、生まれつき恵まれた立場に置かれた人びとは、運悪く恵まれない人びとの状況を改善するという条件が満たされる場合のみ、自分たちの幸運から利得を得ることが許されます。有利な立場に生まれた人びとは、たんに生来の才能がより優れていたというだけで、利益を得ることがあってはなりません。利益を得ることができるのは、自分たちの訓練や教育にかかる費用を支払うためと、不運な人びとを分け隔てなく支援する仕方で自分の資質を使用するためだけです。自らの教育と人への援助だけが利益を得ることを許すという訳です。サンデルによれば、格差原理は、才能ある人間にハンディキャップを課すことなしに、才能や資質の不平等な分配を是正する原理です。そのやり方は、生まれつきの才能の持ち主には、その才能を訓練して伸ばすように促すとともに、その才能が市場で生み出す報酬は共同体全体のものであることを互いに了解し合うというものです。泳ぐのがうまい人がいるなら、その人にハンディキャップを課して平等にするのではなく、自由に泳ぎ、ベストを尽くせるように促すのです。ただし、そのレースでの勝利は自分だけのものではなく、そのような能力を持たない人たちとも分かち合う必要があることを共同体全体で前もって了解しておくことが求められます。
 とても辛気臭い話になってしまったが、ロールズの正義とは「自由が平等に与えられることがまず保証され、次に社会的、経済的な不平等が正当な条件のもとに許される」と言うことである。