宗教が変わる(5)

心の形而上学阿頼耶識理論
 中国にやってきた仏教に対する最初の仕事は、経典の翻訳。インド人翻訳家の鳩摩羅什玄奘三蔵が色んな経典を翻訳しました。玄奘三蔵は翻訳だけでなく、仏教の資料も輸入しました。彼は三蔵法師として『西遊記』の主人公になり、孫悟空猪八戒と一緒に天竺に旅行したことで広く知られています。
 仏教経典の翻訳の次は、仏教の教義に中国の考え方を取り入れ、中国化することです。中国人に理解できなかった例に「出家して修行する」ことがあります。中国では儒教が国の運営に採用され、それは目上の人を敬い、親に孝行すべきという道徳でした。出家するとは親を捨てることですから、儒教の親孝行の考えに反します。したがって、プロの僧侶が代わりに出家する大乗仏教儒教には好都合でした。こうして、儒教の考え方を積極的に取り入れた仏教に変えられ、中国製のお経、つまり、偽経がたくさん創作されました。
 春秋戦国時代には諸子百家といわれる多くの思想家が様々な思想を生み出し、仏教が伝わってきたときには既に中国は思想的に成熟していました。中でも「無為自然(なにもせずに自然のままにまかせること)」を説く老子荘子の考え方は道教として民間信仰になっていて、「空」を基本とする仏教を受け入れる素地ができ上がっていました。例えば、「十王説」。簡単にいえば、「悪いことをしたら地獄に落ちる」という風に、人々の恐怖心を利用して正しく生きるように導くという考えなのですが、これは本来の仏教にはなかった考え方です。また、お盆の行事も儒教による中国の民間信仰がもとになっていて、目連の親孝行の話を述べた『盂蘭盆経(うらぼんきょう)』という経典に基づいています。
 2世紀から3世紀にかけて、インドの僧侶ナーガルジュナ(龍樹)が、哲学的な観点から大乗仏教を体系化しました。龍樹はその著『中論』の中で「空」を理論化しました。あらゆる現象はそれぞれの時間的、空間的な因果関係の上に成り立っていて、現象自体が実在しているのではないと考え、それを「空」と名づけました。龍樹によれば、「空」=「縁起」=「因縁」(いずれも因果関係のことで、その物理学ではなく形而上学)となります。
 同じ『般若経』で述べられている「空」を理論化する哲学として、4世紀に無着、世親の兄弟が体系化した唯識論があります。事物としての存在はないが、八種類の意識(魂)は存在するとして、その意識を基礎に悟りの境地に達するという考えです。龍樹の「空」の哲学とは違っています。この空観と唯識大乗仏教を代表する二大形而上学です。
 天台大師智顗(ちぎ)は6世紀の中国人。彼は、釈迦が一生のうちでいろいろなことを言ったことから、釈迦の年齢順に、全体を五つの時期に分類して、「五時の教判(ごじのきょうばん)」と名づけました。「華厳経(けごんきょう)-阿含経(原始経典)-維摩経(ゆいまきょう)-般若経(はんにゃきょう)-法華経(ほけきょう)」の順番で、最後の決定版が『法華経』というわけです。後の経典になるほど優るというのが五時の教判です。彼は中国の天台山天台宗を開いた僧侶で、その天台宗平安時代初めに最澄が留学して習ってきた宗派です。
 中国を経由した大乗仏教は本来の釈迦の考え方とは似ても似つかぬものになり、独自の哲学を背景に「仏教」という名前で一人歩きを始めてしまったのです。大乗仏教が結果的に釈迦の主張に背いた考え方になったとしても、それはそれで哲学として優れた考え方をもつ宗教になったのもまた事実です。つまり、二つは密接に関連するが、別の宗教なのです。キリスト教イスラム教の関係に似ています。
 釈迦は心の哲学を実践的に展開したと前回述べました。この心の研究は大乗仏教になっても色濃く残ります。心の分析は上座部仏教大乗仏教を超えて共通の課題だったのです。龍樹は般若経経典群の空観を大乗仏教の基本的立場と考え、これが釈迦の説いた縁起説の真意であるとして、空理論を哲学的に理論展開し、体系化しました。この論は「諸存在が縁起しているが故に空である」ということを主張したものです。つまり、一切の存在は縁起の道理によって成立しているのであるから、どんな存在であったとしても他とは無関係に、それ自体として存在することは不可能であり、いかなる存在であっても自性(それ自身の永遠不滅の本質)はない(無自性)。自性がないのであるから一切の存在は空である、と龍樹は結論しました(縁起の道理を具体的に展開すれば哲学ではなく、物理学になった筈なのですが…)。また、空の立場は、あらゆる執着、対立を越え、言語による表現や概念規定を越える究極的で絶対的な立場です(第一義諦・勝義諦)。しかし、「空」、「縁起」という言語による真理の表現や手段によらなければ悟りに至ることが出来ないのですから、それは何かしら真理に基づく「仮の表現」であり、世間的で相対的な真理です(世俗諦)。そして、諸存在は縁起の故に「空」であり、しかも「仮」として表明されるものであるから、有でもなく無でもない、この二諦の立場を「中道」としました。いわゆる空・仮・中の三諦といわれるものです(言語の哲学を緻密に研究すれば、これとは違った見解が得られた筈なのですが…)。
 さて、龍樹の空理論の最大の特徴は、なんといっても「縁起不生」にあります。『般若経』でも繰り返し「諸法不生」(一切の存在は空であり、恒常的に実在するものはない)を説いていますが、縁起の「縁」までは不生であるとは説いていません。しかし、龍樹がはじめてこの縁起さえも不生であると主張したのです。実際、この縁起不生論は他の学派から厳しく批判されたようです。
 今度は唯識ですが、中観思想と唯識思想がまるで対立するかのように解説されたりして困惑するのですが、唯識理論は中観理論の上に構築されています。ですから、決して正反対の理論ではないのです。実際、平安仏教では宗派ごとの寺院こそありましたが、どちらかというと専門大学のようなもので、六宗兼学といって、当時の僧侶はあちこち勉強し修行していました。それが鎌倉仏教の民衆仏教に至り、それぞれの祖師の信念に従い、誰でもできる簡略化された救済方法を考案し布教済度され、現代に至っているわけです。そして、それぞれの祖師は皆、中観・唯識を学んでいるので、既存の伝統仏教では高祖に中観の龍樹や唯識の世親を戴いているわけです。
 では、唯識の特徴ですが、これについては、中観と唯識の最大の違いは何かを述べると理解できるかと思います。唯識理論の初出は『解深密経』という経典で、龍樹の『中論』発表からおよそ200年後に発表されています(これは無着の『瑜伽師地論(ゆがしじろん)』にそっくりそのまま採用され、弟の世親とともに唯識理論が集大成されました)。
 理論的には、中論での依存性(縁起)と言葉の虚構性と述べられている表現が、唯識では依他起相(他に依存する存在形態)と遍計所執相(仮構された存在形態)となっています。異なっているのは、中論では縁起に重点がおかれ、唯識では逆になっているところです。つまり、私たちが実在と思っているものは実在ではなく、因縁によって仮合したものに過ぎないのに、それを言葉で実在として捉えて表現しているから本末転倒が起こるのだというのが中観で、唯識では、仮構された存在形態が先で、それは識の表象に過ぎないのであり、それを言葉が実在の如く誤解して表現するから本末転倒が起こるのだ、と考えてい訳です。そして、中論ではなかった修行法が明示されたというのが瑜伽唯識派の最大の特徴であり、それが最終的に後期大乗(秘密仏教)において中観と唯識が融合され現在に至っているわけです。
 阿頼耶識(あらやしき)とは自意識を形成し維持するための基本構造体、一種の「枠組み」といったようなものと考えてよいでしょう。ちょうどコンピュータの主記憶装置(ハードディスク)に相当し、阿頼耶識はあらゆる過去の記憶を保持し、情報の上書きと出力している「心の働き」の基底部分です。ですから、阿頼耶識自体はその上位の心の部分=「自意識」では認識することも感覚することも出来ず、阿頼耶識自体、何らかの「意志を持つ」ということもなく、ただひたすら情報の入出力をしています。したがって、「私は…」等、一個体を方向付け形成する「自意識の働き=意志の作用」はありません。つまり、すべての情報に対して、積極的に取捨選択して働きかけるということなく入出力を繰り返しているだけなので、専門用語で「無覆無記」です(無覆無記とは簡単に言ってしまえば、情報をそっくりそのまま白紙の状態で受け容れているということ)。
 では、同じ環境や相手に対峙した場合、みな同じイメージを持ってしまうのではないかという疑問が生じますが、その印象=外部データに対する色付けは、その上位の「こころの部分」でなされると考えます。通常、私たちは「心」とか「意識」とかいいますが、仏教ではこれを明確に分け、「心・意・識」の三層構造によって「自己意識」を形成していると考えます。端的に説明すると、
・「心」=第八阿頼耶識=主記憶装置=深層意識
・「意」=第七末那識=演算装置=潜在意識
・「識」=前六識=眼・耳・鼻・舌・身・意=入出力装置=表面意識
 外部データに対する色付け=個人の意志は、この中の「意」の部分で演算処理されます。つまり、仏教用語で我執我愛といわれる「意」の煩悩により「識」から流入したデータを色付けし、その偏向したデータを「心」に記憶します(入力系)。また、「識」を通じて外部を認識するとき、「心」にある偏向された基礎データにより「意」のフィルターをかけて認識します(出力系)。実際にはこれは同時に処理され「心」データとつき合わせると同時に新たな「意」で偏向されたデータを上書きし、一体となって入出力の処理をすることによって「今この瞬間」という「自意識」を成立させています。これが阿頼耶識理論のあらましです。
 例えば、「心」はデータの集合体で、そのどれか一つだけが「自己」=「超自我」ということではありません。また、「意」の我執我愛の煩悩は、「識」の偏向データにより支えられた「仮の自我」=「仮我(けが)」といわれるもので、単なる一定のベクトルを持った演算装置。「識」は単なる入出力装置であり、端末・ディスプレイです。ですから、どこにも「超自我」とうものはなく、それらの相互依存の関係性、つまり空によって成立している、と考えるのです。本来、一切は空であり「我」というものはどこにも存在しないのに、その「仮我」を「私」と思い込んでしまうため、その「相互依存の仕組みを維持し個体を存続、輪廻させてしまう」というのが、阿頼耶識の理論です。