意味の本性(1)

[フレーゲ:思想、論理的探求] すべての数学的真理が論理的な規則と定義だけから証明できるという意味で、数学が論理の一分野であることを示すことがフレーゲ(Friedrich Ludwig Gottlob Frege, 1848-1925)の研究の目的だった。これが、数学は論理学に還元…

エノコグサ

エノコグサ(狗尾草)はイネ科エノコログサ属の植物。夏から秋につける花穂が犬の尾に似ていることから、犬っころ草(いぬっころくさ)と呼ばれ、それが転じてエノコログサになったとされ、「狗(犬)の尾の草」と記される。俗称はネコジャラシで、これは花…

農薬への二つの立場

団塊世代の私はほんの僅かな期間だが、農薬が本格的に使われなかった時代を経験している。私が10歳近くまでは田畑には生き物が溢れていた。オタマジャクシ、ドジョウ、タニシなどがどこでも見ることができた。その後、DDTを頭にかけられ、農薬散布中は田んぼ…

集団の美?

生き物の爆発的な発生、誕生は珍しいことではない。大量のバッタが空を舞い、魚の大群が海の色を変える。圧倒的な数量はある種の美しさを生み出し、私たちは集団や全体のもつ美しさに驚嘆する。一面のトウモロコシやラベンダーの畑、シバザクラの丘陵、コス…

野生生物を絶滅に追い込む犯人は…

地球の年齢は45億歳ほどだが、これまでに生物種の大半が絶滅することが何度もあった。有名な一つは今から約6,500万年前(白亜期)に起きた恐竜の絶滅。巨大隕石の衝突によって、地球上の全生物の約75%が絶滅。現在起きている絶滅は、この大絶滅のスピードを…

アキグミの実

子供の頃の記憶に裏庭のグミが登場するのだが、それがナツグミ、アキグミ、ナワシログミのいずれだったのか、残念なことに今ではその木がなくなり、わかる術もない。私の記憶の欠如を埋め合わせるかのように、湾岸地域にはアキグミがたくさん植えられている…

君はカオスを見ることができるのか?

「カオス」という言葉は流行語になったこともあり、今でもあちこちでよく使われている。「ケイオス」と言うと通じないのは、「バイルス」と同じで、「ウィルス」だと通じるのによく似ている。「アプリオリ」だと通じるのだが、「アプライオライ」と英語風に…

コムラサキ(小紫)

江戸や京都の近くには小江戸や小京都があり、蝶にはオオムラサキ、コムラサキがいる。そして、植物の場合も同じような名前が見つかる。 私には気品の塊に見えるのがコムラサキで、クマツヅラ(熊葛)科に属する。開花時期は夏から秋にかけてで、紫色の綺麗な…

キムチ、カレー、タコス

「反日、嫌韓」といった言葉が毎日飛び交い、世界情勢が波立つ中で不安が先立つ昨今、何とものんびりしたタイトルである。タイトルから連想される国となれば、韓国、インド、メキシコ。そこに北朝鮮、パキスタン、バングラデシュ、そして日本を加えても構わ…

ダンギク(段菊)

夏の終わりから秋にかけて、紫色の花が段々になって咲くのでダンギク。ダンギクは、日本、中国、朝鮮半島、台湾に分布するシソ科の多年草。日本では、九州の長崎、鹿児島、対馬に分布し、日当たりの良い岩場や斜面で、群落をつくっている。今では環境の変化…

人口問題を斜めから見る

人口が増えたり減ったりするのは自然の摂理に反することではなく、それゆえ、人口増減自体は科学的な問題ではない。この科学者の公式見解に対して、異論や反論がすぐに噴出する。絶滅種や絶滅危惧種、例えば、トキやライチョウに関して、極端に個体数の少な…

柿や林檎

子供の頃はどの家にも柿の木があって、今頃は甘い柿や渋い柿の実がたくさん色づき始めていた。そのためか、栗の実とは違って、柿の実はわざわざ木から採って食べたいとは思わなかった。今では柿は立派な果物で、スーパーで売られているが、少なくても子供の…

老人の特権「忘れること」について

私のように70歳を越えると、「知る」こと以上に「忘れる」ことが気になる。というのも、人やものの名前を始終忘れるからである。何かを忘れたことに気づくと、それを懸命に思い出そうとする。「忘れ、気づき、思い出す」という心の中の一連の作業を繰り返す…

敬老の日、あるいは高齢者3,588万人に寄せて

まずは、日本医師会の「地域医療情報システム」を検索し、読者の住む地域のデータを見ていただきたい。そこには人口動態、医療施設、介護施設に関する統計データと経年変化が載っています。当たり前のことですが、この種の統計資料には冷静に対処しなければ…

フイリヤブラン(斑入り藪蘭)

日本には「ヤブラン」、「ヒメヤブラン」、「コヤブラン」の三種があり、斑入りのヤブランは園芸品種。フイリヤブランは葉の縁に黄や白い縞が入り、通常のヤブランに比べて明るくさわやかな雰囲気がある。名前が示すようにヤブランは山地の藪に自生している…

実在や情報を巡って:雑感

実在について量子力学はおよそ次のように考えます。(1) 測定前の電子のスピンや光子の偏光の量子状態は未確定である。(2) 測定によって量子状態が確定し、実在化する。(3) 測定値は特定の値の中からランダムに生じる。(4) その確率は波動関数ψの絶対値の2乗…

キカラスウリ

東京の湾岸部は埋立地である。そんなところの自然など貧弱に決まっている、というのが通り相場の意見だが、そんな常識が通用しないのが自然の不思議なところ。埋立地の湾岸地域を侮ることなかれで、意外に豊かな自然が顔を見せている。今日の主役はキカラス…

好奇心旺盛な子供の疑問、あるいは禁断の疑問

人だけでなく、どんな動植物も、みんな生きている限り、「生きる」ために一生懸命であり、生きることを肯定的に見ることに疑問の余地はないと思われてきた。だが、一方には規則的な世代交代が繰り返され、生物の集団が維持され、社会が存続することへの期待…

ゴシキトウガラシ

トウガラシはナス科トウガラシ属の植物。日本ではタカノツメが有名だが、激辛のハバネロやタバスコもトウガラシ。また、ピーマン、シシトウ、パプリカなどもトウガラシの品種の一つ。トウガラシはメキシコと南アメリカ中央部原産で、ゴシキトウガラシ(五色…

スポーツと観客、風景と観光客など

スポーツはルールをもち、勝ち負けがゴール。行為のモデルとしてスポーツを捉え、観光も人の行為だとすれば、そこから何が見えてくるのか。それは本末転倒だと訝る向きもあろうが、それに抗して、一般的な行為をスポーツや観光によって解釈してみよう。 関心…

トケイソウ

既にトケイソウを取り上げたが、まだ夏の名残で咲いていた。トケイソウ(時計草、パッションフラワー、passion flower)はトケイソウ科トケイソウ属の植物の総称。名前のように壁掛けの時計盤のような花をもつ。画像には花、蕾、小さな丸い実が見えるが、実…

連続性と無限

運動変化の連続性、平たく言えば、スムーズな運動変化、途切れることのない、流れるような運動変化は私達にはお馴染みの変化であり、殊更珍しいものではない。それどころか、不連続な変化の方が珍しい変化だと映る。だから、不連続な変化は感覚知覚的でない…

夏から秋へ変わる

久し振りに台風が首都圏を襲い、千葉県の一部はまだ停電が続いている。湾岸部は雨より風が強く、樹木が倒れ、大きな枝があちこちに落下していた。台風が過ぎ、急に季節が変わったような印象をもつのは私だけではないだろう。相変わらず暑いが、秋が来ようと…

人間による人間自身に対する偏見:修正版

人間は「理性的で、倫理や道徳をもって行動する動物である」と伝統的に捉えられてきました。これを言い換えるなら、「人間は信念と欲求をもち、合理的で倫理的な行動をするシステムである」というお馴染みの表現になります。そこで、人間の倫理や道徳の萌芽…

センダン

豊洲駅から豊洲市場へと延びる都道484号線の両側にはセンダン(栴檀)が街路樹として植えられている。センダンはセンダン科センダン属に分類される落葉高木。センダンと聞くと、「栴檀は双葉より芳(かんば)し」という謂い回しを思い出すが、残念ながらこの…

非常識な粒子と時空

昨日の「量子の世界の非常識」では次のように述べました。 「(3)宇宙を作る単位となる粒子(「particle、粒子」は文字通りの粒ではなく、比喩的な表現)が存在し、同種の粒子は全く区別ができず、本質的に同じものなのです。つまり、私たちは粒子を識別す…

キバナコスモス

原産地はメキシコで、コスモスより標高の低い標高1600m以下の地域に住み分けて自生する。18世紀末にスペイン・マドリードの植物園に送られ、ヨーロッパに渡来した。日本には大正時代の初めに渡来。コスモスの仲間で、かつ、黄色っぽい花が咲くので、「黄花コ…

量子の世界の非常識

量子が存在するミクロな世界はとても奇妙な世界です。どのように奇妙なのかとなると、常識のマクロな世界に対して、非常識のミクロの世界と呼ぶことができます。その非常識さはどれもどんな怪奇小説より奇々怪々で、ミクロな世界では常識が通用しないのです…

へメロカリス

ヘメロカリスもゼンテイカ(禅庭花)も馴染が薄いが、「ニッコウキスゲ」の名前なら大抵の人は知っている。野生のニッコウキスゲ、ユウスゲやカンゾウ類を品種改良して生まれた園芸種がヘメロカリス。つまり、ニッコウキスゲはヘメロカリスの野生種だが、そ…

情景の断片

『万葉集』以来の花鳥風月の世界と生物学的な世界の微妙な違いは生物種の命名に影を落とし、表現の豊かさを生み出してきました。そして、その遺産を活用して、私たちは自然を詠み、知り、理解してきました。その断片の一つが今日の話題です。 夕方の化粧は想…